kuzu
首ったけ!2nd
今日の兵長は優しい



「…失礼しまーす。」


一応声をかけて扉を開けると、予想通り人の気配がまるでしなかった。それもそのはず、もうとっくに日付も変わり起きてる人間なんか居ないだろう。あのあと、本部へ帰った私は先ほどの会議の旨を報告し次の指示を仰ぎ一晩過ごしてからまた隠れ家まで馬を走らせた。そしてここまで戻ってきたわけなのだが、時間も時間なのでどうすればいいか分からず途方に暮れる。


「………誰か、って起きてるわけないか。」


本当はさっさと報告して休みたかった。一日中馬に揺れて、泥だらけの汗まみれのこの体を綺麗にしたかった。だけど、会議のあとすぐに出発した私はこの家の勝手が分からないし下手に動き回って誰かを起こしてしまっても申し訳ない。どうしようかと思っていると、


「早かったな。」


…兵長がいた。寝巻きを着ていたが寝ていたような様子は見られない。もしかして起きていた?


「へ、兵長…お疲れ様です!」
「それはこっちのセリフだ。ご苦労。」


おぉ、今日の兵長は優しい方だ…!なんて感動していると「汚ねぇな。」と心底嫌そうな声が聞こえてきた。ほんの一秒ほど前に労いの言葉を発したのは何だったのか。


「はい…途中、ぬかるんだ道を走りましたので。」
「…風呂に入って来い。今すぐにだ。」
「あの、お風呂はどちらにあるんですか?」
「………。」


私がそう尋ねると兵長はしばらく考えたあと、「チッ。」と舌打ちをした。


「女子の風呂はあいつらの部屋の横だ。シャワーの音であいつらを起こすなよ。今日も巨人化の実験を一日中したせいでだいぶ疲れてるはずだ。」
「は、はぁ…。」


よりによって、みんなが寝ている部屋の隣なんて。思いっきりシャワーを浴びたいところだったけど、これは少し遠慮しないといけないな。そんなことを考えていると兵長が言いにくそうに口を開いた。


「…俺の部屋のシャワーを使え。汚いてめぇを入れるのは不本意だが奴らを起こしたくもねぇ。さっさとしろよ。」


そう言って兵長は後に続くように促した。…へ?私が、兵長の部屋のシャワーを?つ、使っていいの…?部下の睡眠を妨げたくないがために、潔癖症の兵長が泥だらけの私を自分の部屋に入れるなんて、兵長は私以外の部下には随分優しいんだなぁなんて思いながらお言葉に甘えた。


「お、お邪魔します…!」

ここが仮住まいだからと言うのも理由の一つだろうが、兵長の部屋は余分なものがほとんどなくそれが余計に部屋を綺麗に見せていた。大きなソファーにベッドと机がある以外はほとんど何もない。


「さっさと入ってこい。そんな汚ねぇ格好でうろちょろされたらたまったもんじゃねぇ。」


そう言って兵長は乱暴に私にタオルを渡した。これ以上グズつくと怒りの導火線に火を付けてしまいそうなので、持参していた着替えを持ってすぐに浴室へ入る。手渡されたタオルからもしや兵長の匂いがするのでは、と嗅いでみたが私が昨日持ってきた洗濯剤の匂いがした。残念だけどこのタオルは兵長の持ち物ではなくみんな共用のものみたいだ。


ガラッと戸を開けて、出来るだけ静かにそして早くシャワーを済ませる。今日もエレンの実験をしていたと言うことは兵長もお疲れのはずだ。本当は一秒でも兵長と一緒に過ごしたいのが本音だけど、ここは兵長のために早く退散した方が良さそうだ。そう思い、濡れた髪も雫が滴り落ちるまま浴室をあとにすると兵長がベッドを整えていた。


「シャワー、ありがとうございました。」
「…あぁ。」
「あ、あの…この家で私はどこで寝るべきでしょうか。」


いつかのエレンのような言葉を発して、私は兵長に尋ねた。普通に考えれば女子の部屋なのだが、万が一いや億が一の可能性で兵長に添い寝と言うこともあり得る。薄々気付いていたのだが、兵長の『たまに優しい』はどれも二人っきりの時に発動しているのだ。そして今がそれである。入院生活で兵長不足による兵長に対する飢え、それから解放されたと思えば今度は「すっかり忘れていた」発言。名前を読んでもらえると言う、わずかな回復ステージがあったがそれを踏まえてももう、私のライフポイントはほぼゼロである。


「…女子部屋は足の踏み場がねぇ。」


どっかの馬鹿が、夜食だなんだと食い散らかしてたからなと兵長は呆れるように言った。質問に対する答えになっていない発言をしたあと、兵長は視線を右に泳がせる。…この仕草は助けを求めている、困っているサインだ。そして、兵長は言いにくいように私が求めていた答えを言った。


「…ここで寝ろ。もうすぐ日も明ける。一休みしてから報告だ。」


そう言って兵長はソファに身を沈めた。その瞬間、全身の血が沸騰するんじゃないかと言うほど燃え滾り、先ほど感じていた疲れが一気にどこかへ吹き飛んだ。運は、私に味方している!


「そ、それはつまり…兵長と一緒に添い寝出来ると言うことですね…!?こんな日が来るなんて…幸せ過ぎて私死んじゃいそうです!大好きです兵長!ってぐへぇ!」


ソファに横になった兵長に、少し窮屈ながらも引っ付いてそこへお邪魔しようとすると、バンッと力強く跳ね飛ばされてしまった。「何するんですか、私まだ完治してないんですよー!」と文句を言いながら立ち上がると、兵長は巨人を見るような蔑んだ目を私に向けた。


「てめぇの思考は相当ぶっ飛んでるらしいな…。俺がわざわざベッドを譲ってるのが分からねぇーのか?そこが嫌なら馬小屋ででも勝手に寝てろ。」


そう言って布団を頭まで被ってしまった。そんなぁ…と声を上げた私に、兵長はもう返事をしない。仕方なく兵長が整えてくれたベッドに横になると、そこは兵長の匂いでいっぱいで。兵長に抱きしめられているような幸せな錯覚に、棚からぼた餅と言うかこれもこれでアリだと思った。ソファーに見える小さな体がゆっくりと呼吸の度に上下するのを見て、私は久しぶりに心から幸せな気持ちで眠りにつくことが出来た。




前へ 次へ


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -