kuzu
首ったけ!2nd
一番幸せに出来るのは俺だ

「うわっ!え、ジャン!?」


扉を開けて、目の前に俺が立っていたのを見るなりナマエさんは心底驚いた様子を見せた。ビックリさせてしまったことを謝ると「それはいいけど…どうしたの?」といつもの柔らかい笑顔を見せる。それに、ドキリと反応してしまう自分が憎い。


「エルヴィン団長に用?」


そう言ってナマエさんは進路を俺に譲るような素振りを見せた。それに「いえ、違います。」と返せば不思議そうな顔をする。


「ナマエさんに、用があって来ました。」
「わ、私に?」
「来てください。」


そう言うと、今度は大きな目をパチパチさせる。そんなナマエさんの腕を掴み、俺は半ば強制的にナマエさんを連れて行った。…どこへ行くのか?そんなの、俺だって分からねぇ。ただ、二人っきりになれて誰にも邪魔されずに話が出来るところ…、


「ジャ、ジャン?どうしたのそんなに急いで…。」


体格差のせいか俺の早足に追い付けず、ほとんど走っているような形でナマエさんが俺に続く。…早くしねぇと昼休憩が終わっちまう。そうなると、兵士たちはそれぞれの持ち場へ帰り二人っきりになるのが難しくなるだろう。


もう、気持ちが伝えられればどこだって構わねぇ。そう思った俺は歩き続けた廊下でふと止まった。突然のことに対応出来なかったのか、ナマエさんが俺にぶつかる。


「!…もう、止まるなら止まるって言っ、え?」


鼻を抑えているナマエさんの両肩を掴み、壁に追いやる。ナマエさんを見下ろすような形で、俺は重い口を開いた。


「…ナマエさん、異動するんですか?」
「えっ…よく知ってるね…。」


思わず口から出たその言葉に、俺自身も驚く。いやいや、違うだろう。そんなことを聞くために、俺はわざわざ出向いたんじゃない。あれだけ毎日心の中で、呪文のように唱えていた言葉が肝心な時に出てこねぇなんて、自分のヘタレ加減に嫌気が差す。


「異動、しないで下さい…。リヴァイ班には、ナマエさんが必要です。」
「そんな、大袈裟な…。兵長がいる限り、リヴァイ班は安泰だよ。」


"兵長"、その言葉がナマエさんの口から飛び出しイラっとする。今くらい、兵長のことなんか忘れて俺を見て欲しい。


「ナマエさん…少し前に、俺たちに言った言葉覚えてますか?"いつ何があっても可笑しくないように、言いたいことは言えるうちに言葉にしておく"って…。」
「う、うん…。」
「俺もナマエさんに言われる前に自分でも思ったことがあったんです。トロスト区奪還作戦で、もうダメだと思った時に"こんなことなら言っとけばよかった。"って…。でも、その後も色々とあってそんなこと思ったことすら忘れてて…それで、ナマエさんに言われて気付いたんです。だけど、気付いてからも何もしねぇで…、また死にかけた時に思い出したんです。ナマエさんのこの言葉を。」


そう言ってナマエさんとの距離を詰めるように一歩歩み寄る。ナマエさんの肩を掴んだ両腕は緊張のせいか無駄に力を込めちまって、それにナマエさんの表情が歪む。妙に力んでしまって、コントロールが出来ない。


「…だから、言わせてください。俺は、ナマエさんことが、」


胸の奥にしまっていた気持ちを喉元から絞り出す。この先に続く言葉が何なのか検討もつかない、と言った様子でナマエさんはポカンと俺の続く言葉を待っていた。ナマエさんの大きな瞳に何だが情けねぇ顔をした自分がボンヤリと映っている。


「好きです。」


きっと伝えることはないだろうと思っていた気持ちを伝えると、胸の中がすぅっと晴れた気がした。目の前のナマエさんは目をパチクリとさせ、石像のように固まっている。そして俺の言葉を理解したのか、ポッと頬を赤らめ両手でそれを覆った。そして、真っ直ぐに俺のことを見つめる。自然と上目遣いになったその表情は想像以上の破壊力で。ナマエさんの両肩に置いた手を背中に回してしまいそうな衝動に駆られる。


「い、今なんて…?」
「ナマエさんが、好きです。」
「なっ……!」


先ほどよりハッキリと言うと、赤らんだ頬はいよいよ爆発でもしてしまうんじゃないかと言うほどに色を増す。…兵長の前でだって、こんなナマエさん見たことがない。この表情を今、俺だけが知っていて俺だけが見ていると思えば、何だかとんでもない優越感に浸ることが出来た。しかしそれもナマエさんの次の言葉で地獄へと堕ちる。


「き、気持ちはすっごくすっごく嬉しいし、ジャンは素敵な人だよ?で、で、でも、私はリヴァイ兵長のことが、」
「知ってます!それ以上は言わないでください!」


ナマエさんの肩を掴んだ右手で咄嗟にナマエさんの口を塞ぐ。するとナマエさんは目をキョロキョロとさせて、俺の手の中でモグモグと言葉にならない声を出した。そんなこと、こっちはもう痛いくらい分かってんだよ。わざわざ言ってもらう必要はない。って言うか、この状況でそんなこと言われたらもう立ち上がれる自信がない。


「ナマエさんの気持ちは、知ってます…。って言うか、知らねぇ奴なんて居ねぇと思うし…。俺がナマエさんを好きになる前から、ナマエさんは兵長のことが好きで、だから俺は、兵長を好きなナマエさんが好きで…、」


柄にもなく緊張しているのか、声が上ずり自分でも何を言っているのか分からなくなる。ナマエさんの口元から右手を話すと、頬を赤くしたまま俺を見上げていて。そんなに見つめられると、余計に言葉が出てこなくなっちまう。


「ただ、俺が言いたいのは、俺は自分で、ナマエさんを一番幸せに出来るのは俺だと思ってるし、だからもしこの先、兵長に愛想尽かすことがあれば、いつでも俺に乗り換えてくれて構わねぇっつーか何つーか…"振り向いてくれるまで待ってます"なんて在り来たりな言葉は言いたくねぇけど、でも、」


「いつか、ナマエさんと肩を並べられるほどの兵士になって、ナマエさんの支えになりたいです」、そう続けるとナマエさんはハッとしたように俺を見た。目と目があって、もうこれ以上目を合わせられねぇと思ったときナマエさんが口を開いた。


「ありがとう、ジャン。」


その笑顔が余りにも美しくて、今度はその目を直視することが出来なくなった。きっと、赤い顔をしてそっぽを向いている俺にナマエさんは続ける。


「…ジャンは、私と似てるね。そんなジャンに、好きになってもらえたなんて本当に嬉しい。すごくすごく嬉しい。…私なんて、兵士としても女性としてもまだまだで、だからいつも兵長にも馬鹿にされるし、私の気持ちは到底届きそうもないんだけど、…でも、だからと言って、この先兵長に愛想を尽かすことなんて…ないと思うの。」


ナマエさんの最後の一言が、ガツンと脳天に響いた。…いや、それはものの例えであって俺はただ、いつでも俺はナマエさんの味方だから、とかそんな意味で言ったんです、なんて今更言い訳にしかならない言葉が胸の中で消える。


「言われてもないのに、厚かましいと思われるかも知れないけど…もしジャンが"振り向いてくれるまで待ってます"って思ってくれてるなら…ま、待たないで、ほしい…。私にジャンはもっないなすぎるよ!ジャンの良いところをたくさん知っているからこそ言えるけど、ジャンにはもっとお似合いな人がいる…。ジャンの時間を無駄にしないで欲しい。」
「む、無駄なんか!俺はただ、」
「…ごめんなさい!!」


俺の言葉を遮り、ナマエさんは俺を突き飛ばして廊下を走って行ってしまった。静寂を、昼休みの終わりを告げる鐘が破る。ああ、こんなはずじゃなかったのに。俺は告白の返事なんか聞いてねぇし、ただ自分の気持ちを伝えてナマエさんの中に、兵長以外にも俺と言う選択肢があることに気づいて欲しかっただけだ。俺はただ、いつもナマエさんが兵長にしているように"言いたいことを言える内に伝えておく"ことがしたかっただけなのに。チクショウ、どうしてこうも上手く行かねぇんだろうな…。そういえば、ナマエさんはいつも兵長に思いを伝えていて、兵長は嫌そうな顔をしているものの、それに否定的な返事をしたことは一度もないな…。いやいや、まさか…でもひょっとすると………。


今までボヤッと考えてきたことが一つの線で繋がり、頭が覚醒する。…いや、そんなことありえねぇよな…。でも、兵長が本当にナマエさんのことを何とも思ってねぇなら、さっきナマエさんが俺にしたようにハッキリと断るんじゃねぇーのか…?


考えてもキリがねぇ。それに、俺は返事を聞いてもねぇのに断られちまった。だけど、何故か妙にスッキリしている自分がいて。考えればさっきも本人に言ったが、俺は"兵長を好きなナマエさんが好き"なわけで。そういう何か一つのことに真っ直ぐなところも、俺の好きなナマエさんだったわけで…。諦めるにはまだまだ時間がかかるかも知れねぇが、それまでこの気持ちは胸に留めておこう。そう思い俺は馬小屋へと向かった。



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