kuzu
首ったけ!2nd
俺にしとけばいいのに

「ナマエさん、帰ってきませんね…。」
「帰って来ないね。団長から直々に呼び出しがあったって聞いたけど、どうしたのかな。」


ナマエさん、その言葉に反応して顔を上げると芋女とアルミンが心配そうに話し込んでいた。…ああ、そう言えば前にもこんなことがあったな。名前が聞こえただけで反応しちまうなんて、もう俺の気持ちも相当なところまで来てしまってるらしい。生垣に座り込んで、俺はボーッとナマエさんのことを考えていた。昼前にナマエさんが団長から呼び出されてから、もう何時間も経っている。もうそろそろ帰ってきてもいいころなのに…。例によって、またこうしてナマエさんの帰りを待ち構えているところをニファさんにでも見られたら、呆れられるだろうな。


俺が不安に思っているのはナマエさんが帰ってこないからだけではなかった。…リヴァイ兵長も昼前から姿が見えない。ナマエさんと一緒に団長のところへ向かったのだろうか。だとしたら…。考えたって埒があかねぇし、新兵である俺にはどうしようもないことだ。だけど、兵長のことを愛おしそうに見つめるナマエさんの姿を思い出しただけで、胸糞悪い気持ちが腹の底から湧き上がってくる。ナマエさんは何でよりによって兵長なんかのことを…。


俺にしておけばいいのに。


もう何度呟いたか分からない言葉を胸の中にしまう。俺なら、ナマエさんのことを絶対あんな風に扱ったりしないし、ナマエさんに嫌な思いなんてさせない。


「ジャン、」


名前を呼ばれて振り向くと、先ほど芋女と話し込んでいたアルミンが立っていた。俺がこうして隠れ家の前で動かない様子を見て、太い眉毛を下げ困ったように笑っている。何だが全てを見透かされているような気がして少し気分が悪い。


「何だ、アルミン。」


そう呟くとアルミンは俺の隣に腰掛けた。そして、俺の持っているパンと、水筒に入っているスープに目を落とす。


「それは?」
「…あ、これか?ナマエさん、昼飯も食わずに向かったからよ、帰ってきたらその…腹減ってるんじゃねぇーかって思って…。まぁ本部で食ってきてたらあの芋女にでもやればいいしよ。」


そう言って明後日の方向を向きながら頬をポリポリとかくと、アルミンは下げた眉を一層ハの字にした気がした。困った顔を通り越して、俺に哀れな目を向ける。そして、俺の胃袋に鉛を落とすかのような発言をした。


「ジャン、君はさ…その、叶わない恋をする趣味でもあるの?」
「はぁ!?」


その言葉にギロリとアルミンを睨みつける。それじゃあまるで俺がナマエさんのことを…!い、いや、その通り何だが…。口をパクパクさせながら言葉を失った俺に、アルミンは一瞬たじろんだ気がするが、すぐにまた言いにくそうに口を開いた。


「だ、だってそうじゃないか…。ジャンだって、もうとっくの昔から知っているだろう?ナマエさんは、」
「うるせぇ!俺は別に、そんなんじゃねぇーよ…。」


精一杯の強がりは、心地よく吹いた風に消えていった。俺とアルミンの間には、気まずい雰囲気が流れる。


「ご、ごめん…。だけど、実は訓練兵の時から思っていたんだ。ジャンは、その…ミカサのことが好きだっただろう?その時から、どうしてジャンは、」


「好きな人がいる人ばっかり、好きになるの?」、なんて残酷な言葉が続いて俺の胸で何度も何度もリピートされた。まるで、あの時みたいだ。


…ーー『てめぇが近くにいねぇと困るだろうが。』


ある日の夜中、兵長とナマエさんがこっそり話し込んでいた際に耳に飛び込んできた、兵長の予想だにしなかった言葉は、今も俺の胸にこびりついて離れない。


「…………。」


アルミンの言葉に、俺は返事をすることが出来なかった。そんなの、お前何かに言われなくたってとっくに気付いてんだよ。どうして、なんて俺が聞きてぇくらいだ。それが分かったら苦労しねぇーっつーの。


更に重くなった雰囲気を誤魔化すように、アルミンは口を開いた。


「そ、そうだ…ナマエさんはどうして団長に呼び出されたんだろうね…。」
「知るかよ。」


話題を変えようとしているらしいが、何も変わってねぇ。こいつ、頭は回るくせに変なところ気がきかねぇんだよな…。そう思いながらアルミンを見ると、先ほどの困り顔からキリッした目つきに変わった。


「調査兵団は今、いつも以上に人員不足で憲兵や駐屯兵から異動を募っているらしいんだ…。新しい兵が補充されると、班編成も変わってくるだろうね。そんな時にナマエさんが呼び出された…。」
「何が言いてぇんだ?」
「ナマエさん、異動の件で呼び出されてたりして…。」
「い、異動だと!?」


アルミンの思いもしなかった言葉に思わず声を荒げる。そんな俺にアルミンは「ジャンって本当に分かりやすいよね。」と笑みを浮かべた。しかし、そんなことにいちいち腹を立てているほど俺は今余裕がない。…ナマエさんが異動だと?り、リヴァイ班を脱退するってことか…?兵長から離れるのは俺にとっちゃ有難いがそれは俺から離れることも意味している。元から、俺がリヴァイ班にならなきゃナマエさんとお近づきになれる機会なんてなかったんだ。兵長とナマエさんの距離が近付くことになったとしても、ナマエさんにはリヴァイ班に居てもらわなきゃ困る。


それは、単に俺がナマエさんのことを思っているからと言うだけではなく戦力的にも班のバランスを考えても、俺達にはナマエさんが必要だ。…人類最強の兵士と訓練兵を卒業したての新兵たち。そんなアンバランスなメンバーで構成されたリヴァイ班でナマエさんは実質、二番手の役割を果たしていた。兵士としての実力はミカサに劣るかも知らないが、実戦経験から滲み出るものは俺たちがどう足掻いたって手に入らないモノで。面倒見が良くてマメな性格からか、俺たちの変化にもいち早く気付きさり気なくフォローしてくれるところなんかは、兵長にはないナマエさんの良さだ。ヒストリアだって、ナマエさんに背中を押されたと言っていたし。そして、俺はそんなナマエさんのことが…。俺の胸中なんて露知らず、アルミンは話を続ける。


「僕たちは手練れの兵士を多く失ってしまった…。上に立つ人間が今は余りにも少ない。ナマエさんの実績からして降格はあり得ないだろうから、そうなるときっと班長だ。」
「は、班長…。」


アルミンの言葉を繰り返す。最初にリヴァイ班のメンバーだと紹介された時は、少し頼りなく見えたあのナマエさんが班長に…。俺の知らない間に、ナマエさんはどんどん俺の手の届かないところへ行ってしまう。


「で、でもよ、幾ら何でもナマエさんに班長はまだ荷が重い気がしねぇーか…?」


俺は若干の…、いやかなりの期待を込めながらそう言った。ナマエさんのことを思っている俺の目から贔屓目に見ても、ナマエさんは特別、物凄く強い兵士と言うわけではないし、冷静沈着でリーダーシップがあって、頼れる先輩…と言うわけでもなかった。そんな俺に、アルミンは疑いの目を向ける。


「ジャン、忘れたのかい?ナマエさんは僕たちの中で唯一、"実力で"リヴァイ班に入った人だ。」


そう言うとアルミンは真っ直ぐ俺の方を向いた。


「僕たちがリヴァイ班に入ってすぐの会議で上官達が話しているのが聞こえたんだけど、ナマエさんはまだ調査兵になって一年ほどしか経っていないのに、討伐数は旧リヴァイ班の熟練兵士とさほど変わりなかったって。それに旧リヴァイ班の中で唯一、兵長からではなく団長から直々に指名された、とも言っていた…。」
「う、うそだろ…。」


アルミンの言葉が信じられずに、俺はアルミンを見つめ返す。いつもいつも、兵長のことで頭がいっぱいなナマエさんが巨人をバサバサと切り倒している姿が、俺にはまるで想像出来なかった。


「僕たちは、まだナマエさんが巨人と戦っているところを一度も見たことがない。きっと、ナマエさんには僕たちの知らない"強さ"があるんだ。」
「…………。」


ナマエさんに、俺たちには知らない"強さ"が……?後輩の俺が言うのも失礼だが、まるで別の人の話を聞いているようだ。俺は、ナマエさんのことを知ったつもりでいて、本当は何も知らなかったと言うのか…?


「ジャンは、それでもいいの?」
「そ、それでもって、兵の配置なんかは新兵の俺たちが口出し出来ることじゃねぇだろ。。」
「そうじゃなくて…、ほらナマエさんも言ってたじゃないか。『後悔しないように、思っていることは言える内に言葉にする』って。ジャンは、あの言葉を聞いて何とも思わなかったの?」


アルミンの言葉にハッとする。


『こんなこと言葉にするのも嫌だけど、いつ何があっても可笑しくない身として、後悔しないように思ってることは言えるうちに言葉にしようと思ってるの。いつか訪れる"その時"に、あの時言っておけばよかった、なんて後悔しないように。』


まるでついさっき聞いたばかりの言葉のように、ナマエさんの声でそれは俺の中で蘇ってきた。何とも思わなかった、はずなんてない。だって俺はあの時から、あの時より前から、ずっとナマエさんのことが……


「アルミン、急用を思い出した。ちょっと空けるけど、大丈夫か?」
「大丈夫だよ。ヒストリアも子供たちの世話に忙しくて、今なら誰も見てない。」


そう言うとアルミンは俺に向かってニコッと笑った。…こいつ、初めから俺にこのことを言うつもりで…。ニッコリと笑みを浮かべたまま手を振るアルミンを背に、俺は馬を走らせた。ナマエさんが教えてくれた、あの言葉を胸に抱きながら。


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