kuzu
首ったけ!2nd
あいつを一番近くで見てきたのはこの俺だ

コンコン、とドアをノックすると「入りたまえ」といつもと変わらないエルヴィンの落ち着いた声が聞こえた。扉を開けて部屋へ入ると、尋ね人が俺だったことに気付いたエルヴィンは少し驚いた表情を見せる。


「…リヴァイか。珍しいな。お前の方から私を訪ねて来るなんて。」
「まぁな。レイスの巨人を仕留める時のお前が妙に引っかかった。てめぇの言う"実は他にも色々と考えている"とやらの話を聞きに来た。」
「…そうか。相変わらず鋭いな。……そうだな、ナマエの調子はどうだ?」
「あ?」


そう言うと、エルヴィンは俺に何かを探るような目を向けた。何で、急にあいつの話になる。予想外の名前が奴の口から飛び出し、動揺を隠せない。


「彼女の働きぶりはどうだと聞いている。丁度、私もその件で君を呼び出そうと思っていたところだった。呼ぶ手間が省けたな。」


そう言ってうっすらと笑みを浮かべた。ここで奴の名前が出てきたと言うことは、あいつ絡みの話か?クソッ、どうせろくでもないことに違いねぇ。


「…何を考えている?」
「まずは、私の質問に答えてくれるか?場合によっては私の言い分もそれで変わる。」


そう言うと、真っ直ぐに俺のことを見た。めんどくせぇことになった。こうなると、俺が話終わるまでエルヴィンは自分の話をしないだろう。俺は、思っていることをありのままに伝えた。


「散々だ。あの野郎、俺の命令が聞けない上に単独行動が目立つ。誰にも何も言わずに消えちまうし心配ばかりかけやがる。その割りに敵に捕まりかけたりと、やっぱり実力は今期の新兵と変わらねぇ…いや、それ以下だな。てめぇは俺に子守を押し付けたつもりかもしれねぇが、あいつのせいで何度危険に晒されたか分かりゃしねぇ。あんなもんこれ以上俺の班に」
「ナマエは、リヴァイ班に必要のない人間だと言うことだな?」
「ああ、そうだ。あいつはきっとどこへ行ってもダメだろうな。救いようがねぇ。格闘術だけは自信があるみてぇだが銃の腕前なんか絶望的だ。この前も俺が直々に教えてやったのにあいつ、銃を投げるなんてクソみてぇな真似しやがって、」
「ならよかった。丁度、ナマエに昇格の話が出ている。班長の席が空いてるんでな。ナマエの異動に関しては上司であるリヴァイの許可が必要だったが、異議なしと言うことだな?」
「………あ?」


思いつく限りの奴の失態を並べていると、訳の分からない言葉が耳に飛び込んできた。あのクズ野郎が班長…?昇格…?エルヴィンの言っている意味がまるで理解出来ない。


「何だと?」
「ナマエに昇格の話が出ている。これまでの実績を踏まえた上での判断だ。一連の出来事から、憲兵や駐屯兵上がりの奴らが調査兵を希望している。新しい兵が加入すると、新しい班が必要になるな。そうなると、新しい班長が必要だ。自然な流れだろう。」


何もおかしなことはない、と言った風にエルヴィンは続けた。あいつが班長に…?俺の頭はノロノロと鈍く動く。


「オイオイオイ、ちょっと待ってくれ。お前、俺の話次第では言い分が変わると言ったな?俺の今までの話を聞いてもそれでも、あのクズ野郎を班長に昇格させるって言うのか?」
「リヴァイの意見を参考にナマエを昇格させるかどうか決める、と言う意味ではない。これはもう決定事項だ。但し、」


エルヴィンは先ほどとは一転して真剣な顔つきで答えた。


「リヴァイとナマエが反対するのなら、この件は保留にしよう。」
「反対だ。」


エルヴィンの言葉に即答すると、奴はフッと笑みを浮かべた。何だ、何がそんなに可笑しい。可笑しいのはテメェのそのぶっ飛んだ思考じゃねぇーのか?何だって、あんな奴を班長なんかに…。


「理由を聞こうか。」
「理由なら散々言ったはずだが?あいつは班長なんかになれる器じゃねぇ。そんなことした日には班は全滅だ。目に見えている。誰だが知らねぇーがあいつの班に配属される兵士が気の毒でならねぇ。」
「リヴァイ、君は何も分かっていないようだ。もう一度言おう。」


エルヴィンはため息をついて、まるで子供に何かを教えるようにゆっくりと話し出した。それに募っていたイライラが更に増す。


「私が尋ねた"理由"と言うのは、ナマエを班長にすべきかそうでないかと言うものではない。先ほども言ったがこれは既に決定事項だ。現にこの後ナマエをこの部屋へ呼んで、昇格を言い渡す手筈をもう済ませてある。私が聞いているのは、」


ここで一息ついて、エルヴィンはまた真剣な顔に戻った。…ナマエは俺の部下だぞ。さっき俺の許可がないと異動させられないとか何とか言っていたくせに、もう全て手配しているとはどういうことだ。


「ナマエを手放す気があるのかどうか、と言うことだ。」
「…手放す、だと?あいつは物じゃねぇーぞ。」
「ああ、確かにナマエは物じゃないね。リヴァイから言わせると"クズ野郎"、か?」
「てめえ、ふざけているなら帰るぞ。」


そう言って踵を返した俺にエルヴィンは「まぁ待て」と制止した。ほんの好奇心で話を聞きに来ただけのつもりがとんだ展開だ。


「あいつの直属の上司は俺だぞ。一番近くで奴を見てきたのはこの俺だ。どうして俺の意見が奴の昇格に反映されない?」
「リヴァイ、君は自分では気付いていないかも知れないが、君にはナマエを過小評価する癖がある。ナマエは君が思っているよりもずっと、見込みのある兵士だ。」
「俺にはそうは思えねぇがな…。」
「…そして、その悪い癖が彼女にもうつってしまっている。ナマエ自身も、自分のことが信じられなくなっているようだ。ハンジが言っていたよ。君と意見が合わなかった際にひどく落ち込んでいたと。」
「…………。」


悪い癖…?そう、なのか?確かに、奴は俺と一緒に数々の死線を潜り抜けてきた。それが、奴の実力だと言うのか…?


「元々彼女を君の班へ配属させた理由は、精鋭部隊に加入することで、実力のある兵士の技や作戦のノウハウを熟知させるためだった。壁外調査が終わり、新兵だけで再編成された時点でその役目は本来終わっていた。しかし、人員不足やナマエの負傷、何より彼女の希望でリヴァイ班在籍をいわば"延長"されてきたわけだが…期は熟した。彼女は君の下で兵士としての実力を養い、作戦の本質を見抜く力を十分に蓄えた。今度はそれを、人の上に立ち彼女自身が後輩に先導する番だ。」
「…………。」


エルヴィンの言葉に俺は返すものが見当たらない。遥か昔にエルヴィンが奴は人の上に立つ素質があると言っていたが、その時はただの戯言だと思っていた。それが、まさかこんな日が来るなんてな…。幾ら多くの兵士を失ったとは言え、あのクズ野郎が班長にならなきゃならねぇ日が来ちまうなんて調査兵団解体の日も近いかも知れない。


「…私はただ単純に、ナマエをこれからも手元に置いておきたいかどうかを聞いている。君の返答次第ではこの件はナマエの耳すら入らない段階で白紙になるだろう。」
「………。」


返事のしない俺を見てエルヴィンは話を続けたが、俺は口を開くことが出来なかった。『ナマエを手元に置いておきたいかどうか』…?考えもしなかったその言葉に、俺はどう返答すべきか困惑していた。しかし、早く何か言わねぇとこれじゃあまるで迷っているみたいだ。すると、そんな俺を見かねたのかエルヴィンは続けた。


「なら質問を変えてみようか。ナマエが班長になったと仮定しよう。そこに、ウォール・ローゼを壊すべく超大型、鎧が無知性を引き連れて現れた。人類最大のピンチだ。リヴァイもナマエも、もちろん戦いに加勢する。…そこでだ、」


エルヴィンの方を向くと、奴は窓の方へと目を向けていた。この例え話が先程の話とどう繋がるのか、皆目見当もつかない。


「君とナマエはローゼを死守すべく最前線で戦う。そこで、ナマエが負傷したとしよう。無知性が群がって絶体絶命のピンチだ。でも、君の力があればナマエは助かる。しかし、リヴァイが離脱すればローゼを破壊される可能性が一気に高まる。…もしそんな場面に直面したら、どちらを選ぶ?」
「何言ってやがる。そんなもん、決まっているだろう。」


エルヴィンに呆れ顔を向けながら俺は言った。愚問だ。今まで何人の仲間を見殺しにしてきたと思っている。そんなもん、わざわざ口にしなくたって、分かり切っていることだ。俺は…、


「そんなくだらねぇ質問より話を戻すぞ。俺がナマエを手放す気があるのかどうかだと言ったな?」
「私の質問には答えてくれないのか。…まぁいい。ことの本質はそこだ。」
「元々あいつを手元に置いておく気なんて更々なかったわけだが、あいつがどこで戦うかは本人が決めることだろう。俺からは何も言わない。」
「…ナマエに判断を委ねると言うことだな?」
「ああ。決めるのはあいつだ。」


そう言って、俺は再び踵を返した。エルヴィンの、またとんでもねぇ博打か何かの話を聞きに来たはずだったのに、何だが後味の悪いものが胸に広がる。過小評価だと?笑わせるな。ナマエを一番近くで見てきたのは俺だ。あいつのことを一番よく分かっているのも、この俺だ。その俺の評価が過小かどうかなんて誰が判断出来るって言うんだ。…それに、答えの見えている結果を何故エルヴィンはあいつに選択させるのだろうか。俺に近付くためなら手段を選ばず、俺の班に配属された時は気が狂ったように(元々狂っていたような気もするが)喜んでいた奴のことだ。どちらを選択するかなんて、火を見るよりも明らかだ。


「リヴァイは、それでいいんだな?」
「当たり前だ。何度言わせるんだ。…まぁ残留すると言われても、それはそれで傍迷惑な話だがな。」


そう鼻で笑って、執務室をあとにする。もう終わった話だが、エルヴィンの変な例え話がまだ俺の頭の中にこびりついていた。


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