kuzu
首ったけ!2nd
てめぇが近くに居ねぇと困るだろうが



「…ナマエさん、また笑ってる…。」
「ここ最近、ずっとですよ。幾ら顔が整っていても、あれは流石に不気味ですよね。」


遠くからアルミンとサシャの声が聞こえて、またか、と私はだらしなく緩みきった頬を引き締め直した。でもまた、すぐに戻ってしまう自信がある。理由は明確…と言うか私にはこれしか理由がないが、ずばりリヴァイ兵長のせいだ。人類にとって一大事なときに、こんなことに現(うつつ)を抜かすのは兵士として失格だと思う。そんなこと、誰かに言われなくたって自分でも自覚している。でも止まらないものは仕方ないのだ。人間生きるためには睡眠や食事が必要で、それと同じくらい私にはリヴァイ兵長が必要なのだ。兵長がもし居なくなってしまえば、睡眠や食事と同じくらい困る。ああ、"居なくなってしまえば困る"と言えば…


"てめぇが近くに居ねぇと困るだろうが"


昨日、兵長に言われた言葉を思い出して、私はまた頬が緩むのを感じた。



***



今日で伝達係の仕事は終わりだ、そう兵長に聞かされた時は頭の中が真っ白になった。てっきり、前回敵に尾行された挙句捕まりかけ、馬だけ先に行かせるなんて賭けをした罰が下ったのかと思った。


「これから先は今以上に人手がいる。他にも数人、ハンジのところから預かる予定だ。全く知らねぇ兵士達ばかり集めるよりは、新兵達とも馴染みのあるお前の方が良いだろう。」


苦渋の決断だがな、と付け加えて、兵長は言葉通り苦虫を噛み潰したような顔をした。最後の一言は聞こえなかったフリをして、兵長の言葉に思わず胸が躍る。負傷した体ももうすっかりよくなってきたし、もうあの長距離を行ったり来たりしなくて済むとは、いいこと続きだ。


「…と言うことは、私は正式にリヴァイ班に復帰と言うことですよね?」
「…残念ながらそうなるな。とうとうてめぇにまで頼らないといけないほど、クソな状況になっちまったわけだ。」


兵長は相変わらず、いつもの何を考えているのかよく分からない顔で話を続ける。


「ナマエよ、前回お前には…その、辛い思いをさせちまった訳だが、敵の狙いがヒストリアである以上、またお前に身代わりを頼むことがあるかもしれねぇ。もちろん、お前がもうあんな思いをしたくないと言うのなら、」
「いっ、いえ、やらせて下さい!私なら大丈夫です!!兵長のためなら、何だって出来ます!!」


そう言って兵長の両手を自分のそれで重ねると、兵長は虫けらを見るような目を私に寄越し、サッとその手を振り払った。兵長の方から私にこうしてくれた時や、頭を撫でてくれた時だってあるのに今更何だって言うのか。最近の言葉を借りて言うと、兵長は所謂"ツンデレ"ってやつだと思う。でも私は薄々感じてきているのだ。最近の兵長はとんでもなく"デレ"が多くなってきていることを。これは決して、自惚れなんかじゃないと思う。特に、私が伝達係に任命された辺りからだと思う。そんなことをされる度に、もうこれ以上は大きくならないだろうと思っていた兵長に対する気持ちがどんどん膨れ上がっていることを兵長は気付いているのだろうか。


「もしかして、それが理由で私が復帰することになったんですか?」
「あ?それ以外何があるって言うんだ。」


最近増えた"デレ"に感動していると、"ツン"の部分が発動して私の胸に容赦無く突き刺さった。ああ、どうせこんなことだろうと思った。だけど、とりあえず兵長とまた一緒に居れることになったので結果オーライだ。


「いいか?敵と一度接触しちまった以上、向こうも焦ってるはずだ。いつ、何があるか分からねぇ。そんな時に、てめぇが近くに居ねぇと困るだろうが。」


この時の言葉は、余計な箇所を省き都合の良いニュアンスを含めて、私の心の中で何度も何度も、壊れたレコードのようにリピートされている。



***



「…ナマエさん、また笑ってる…。」
「ここ最近、ずっとですよ。幾ら顔が整っていても、あれは流石に不気味ですよね。」


ナマエさん、その言葉に反応して顔をチラッと上げるとアルミンとサシャが呆れ顔をしていた。その視線の先には、二人の言うようにナマエさんがニヤニヤと空を見ながら笑っている。確かに不気味だ。だけど、その理由が何となく俺には分かる。


"てめぇが居ねぇと困るだろうが。"


昨日の夜中、小便をしに部屋を出た俺は、ナマエさんと兵長がコソコソ密会している現場に遭遇してしまった。…知りたかったような、知りたくなかったような。悪いと思いつつ、耳を澄ませてみれば兵長のこんな言葉が聞こえてきて、俺は足早にその場を後にした。それからどうやって寝床に帰ってきたかは正直あまり覚えていない。だけど、兵長の言葉がやけに胸に何度も響いて、中々寝付けなかった。


正直、サシャがこの前ナマエさんに兵長との関係を尋ねたとき、濁していたのを聞いてホッとした自分がいた。その後に続いた、"私の兵長に対する気持ちは、みんなの想像する通りだと思うよ"でその気持ちも簡単に崩れ落ちてしまったわけだが。でも、ナマエさんの片思いである限り、あの兵長がナマエさんのようなタイプの人間に振り向くとは思えないし、俺にもまだ逆転の芽があるのでは、と思っていた。それなのに、


"てめぇが近くに居ねぇと困るだろうが"


こんな言葉を聞いてしまっては、もう何が真実であるか分からない。兵長はいつも、ナマエさんのことを蔑んだ目で見て邪険に扱っていたじゃないか。それなのに、どうしてあんな言葉が吐けるって言うんだ。…でも、たまに見ているこっちがビックリするくらい、その蔑んだ目が優しく見える時がある。そういえばナマエさんの馬だけが帰ってきた時だって、血相を変えて、とまではいかないが珍しく兵長が動揺していたようにも見えた。あれは、今後の情報が漏れてしまった可能性を示唆した、"兵長"と言う立場から生じた動揺だったのか、伝達係を失ってしまったかもしれない、と心配する仲間を思っての動揺だったのか、それとも……。


考えても答えのでない葛藤にヤキモキしていると、ボロボロのカーテンから薄っすらと朝日が射し込んだのが見えた。




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