kuzu
首ったけ!2nd
兵長は無能なんかじゃない



…跡を付けられている。疑問が確信に変わったのは、全行程の三分の二ほど進んだ頃だった。あのあと隠れ家を出発した私は、何事もなく調査兵団本部へ帰り会議の内容を幹部へ報告、次の指示を聞き一晩そこで過ごしてから、再び兵長の元へと馬を走らせた。 そして、違和感に気づいたのである。少し遠回りしてみたりわざと人通りの多い場所を通り撒こうとしたけれど、敵もそれなりの腕があるらしい。朝から走りっぱなしであるにも関わらず、一定の距離を保ったまま私の跡を付けている。…恐らく向こうも一人。私が倒してしまえば…、だけどこの体でどこまで闘える?私が隠れ家まで辿り着かなければ、みんなは次の行動にうつせない。…手綱を持つ手に緊張が走る。きっと、向こうも疲れているはずだ。ここで一気に駆けることが出来れば撒ける…はず。ただそれが出来ず馬がへばってしまえば私の負けだ。これ以上隠れ家に近付いてしまえば仮に撒けたところで場所を特定されてしまう。やるなら今しかない。覚悟を決めた私は思いっきり手綱を引き、最高速度で残りの行程を駆け抜けた。



***



「大変です!兵長!!!」


飯の準備をしていた台所に、馬小屋の掃除をしていたヒストリアが飛び出してきた。何事か、と芋を剥いていた手を止めると紅茶を飲みながら資料に目を通していたリヴァイ兵長も視線をヒストリアにやった。


「…何だ。」
「ナマエさんの馬が…馬だけが帰ってきました!!」


その言葉に、僅かながらに兵長の目がつり上がったのを俺は見逃さなかった。鞍にこれが挟まっていました、と紙切れをヒストリアが手渡すと、兵長はそれに目をやる。しばらくしたあと、ヒストリアにそれを返し上着に手をかけた兵長が言った。


「お前ら、これを読め。読んだ奴から、何かあってもすぐに対応出来るように準備しておけ。俺はあのバカを探してくる。何かあった時は俺なしでもここを出て、次の隠れ家を目指せ。指揮はアルミンに任せる。」


それだけ言うと、足早に出て行ってしまった。一同には緊張から生じる静寂が走る。"何かあったとき"って…何があるんだよ…。ナマエさんの馬だけ帰ってきたって、ナマエさんはどこに…?無事なのか…?ついこの前朝食の席でナマエさんが話していた「私たちはいつ何があっても可笑しくない身だから、言いたいことは言える内に言っておく。後悔しないように。」と言った言葉が頭に浮かぶ。…クソ。まさか、"その時"がこんなに早く訪れるなんて。こんなことになるなら、言っときゃよかった、なんていつかにも思ったことがまた浮かぶ。あの頃から、俺はちっとも成長していないらしい。


ヒストリアから渡された紙切れは、団長からの指示が書かれてあるものだった。ナマエさんの綺麗な文字が泥だらけの紙に並ぶ。ナマエさんの安否については何一つ書かれていなかったことが、尚更俺たちを不安にさせた。


「…一体どうなってんだ…。」


ゆらゆらと揺れる蝋燭を見つめながら零れた言葉は、闇に溶けていった。



***



「…っいったぁ…!」


グニャリ、とあり得ない方向に曲がってしまった馬の足首を見て、絶望に打ちひしがれた。まさか、駆け出した瞬間石に足を挫くなんて、誰が想像しただろうか。落馬してしまった私に、馬が申し訳なさそうに見つめる。この足首では、私を乗せてこの子が残りの行程を駆けるなんて、不可能だろう。幾つかあった選択肢の一つが消えてしまった。…ここは、一か八かメモを馬に託し馬だけを隠れ家まで走らせて、今もどこかでこんな無様な格好の私を見ているであろう、敵と対峙するしかない。幸い、立体起動装置は壊れてなさそうだ。前回の壁外調査で負傷した、まだ少し痛む傷を抑えて私は立ち上がった。


「…へぇ。手負いの兵士を伝達係に使うなんて、調査兵団はよほど人手不足なんだね。…まぁ、毎度毎度壁外へ自殺しに行ってるんだからそうなるのも仕方ないか。」


少しよろめきながらも立ち上がり、ブレードを引き抜き構えた私の前に姿を現したのは、私とさほど背丈の変わらない女性兵士だった。尾行という点で機敏の効きそうな体格の彼女が選ばれたのか、互角にやり合える可能性が高まり高揚した。一瞬緩んだ気を再び引き締めると、彼女の腰に巻かれた立体起動装置が目に止まった。…なんだあれは?自分の付けているものと少しタイプが違うようだ。最新型か何かか?いや、そんなものがあるなんて聞いたことがないし、あったとしてもすぐに調査兵団にも回ってくるはずだ。…あれは一体…?


「私は手負いでも何でも優秀だからね。何せ、あのリヴァイ兵長に指名されたんだから!」


キッと女を睨みつけると彼女は私に銃を構えながら薄ら笑いを浮かべた。


「リヴァイ…?あぁ、あのチビの無能兵長のことか。安心しな。アンタもすぐにリヴァイと同じところへ逝かせてあげるよ。今頃、アンタらの隠れ家にもガサが入って全員仲良くお釈迦だろうからね。アンタは…そうだね、口だけ動かせる程度に留めておいて、知ってること全て吐いてもらうよ。」
「り、リヴァイ兵長は無能なんかじゃない!!アンタらなんかよりよっぽど頭が回って、強くて優しくて…ちょっと小柄なのは否めないけどそこも魅力の一つだ!!」


私がそう叫ぶと、女は「はぁ?」と言うような表情で引き金を引き、私に向けていた銃口を僅かに震わせた。…まずい。ブレードはそもそも対巨人用だ。接近しなければ意味を為さないのに対し、彼女は銃を持っている。こっちが圧倒的に不利だ。背後に回って不意をつくにしろ、私がアンカーを撃つより彼女が発砲する方が早いだろう。…そもそも、何故隠れ家の場所が分かった?それならもっと早くに襲撃していたはずだ。私のことを待っていた…?うん?待っている、と言えばさっきからだいぶ時間が経っているけど、何故彼女は私を撃たない…?


この前、新兵たちにした"覚悟"の話を思い出して口角を上げるとその私の姿を見て、彼女は銃口をまた僅かに震わせた。それが、私の考えた仮説をより確証に変えた。


「ねぇ、取引しない?」
「はぁ?何を言ってる!くだらないこと言うなら撃つぞ!」
「兵長達は、アンタ達の動きを察知して、もう新しい隠れ家へ移動したよ。そしてそれを知ってるのは私だけ。…知りたいでしょ?それがどこなのか。教えてあげる。その代わり…、」


そう言って私は腰に巻いていた立体起動装置を外し、両腕を上げ降参のポーズを取った。


「お互い、無駄な血は流さないでおこうよ。アンタもその銃を捨てて、腰に向いてるそのよく分かんない装置も外すのなら、素直に次の隠れ家の場所を教えてあげる。だけど、今ここで私を撃つなり危害を加えるなら、例えどんな拷問をされようとも私は口を割らないよ。調査兵に拷問は効かないからね。」
「……くっ。」


女はしばらく考え込んだ後、観念したように銃口を下げ、それを地面に捨てた。そして腰に巻いてある装置も外し、私に近づいてくる。


「……う、動くなよ…。」


先ほどの威勢の良さはどこへ行ったのか、恐る恐る彼女は一歩一歩こちらへ向かってきた。きっと、銃を持つことに抵抗はなくても無防備に私に近付くのが怖いのだろう。


ゴンッ!!!


そんな彼女を蹴り上げ、後ろ手に縛り上げることは簡単なことだった。あとは彼女の持っていた、私を縛るはずだったであろう紐でその辺の木に拘束しておき、立体起動装置を付け直し、護身用に彼女の持っていた銃を頂戴していると彼女が口を開いた。


「…何故、殺さない?」
「…私もアンタも、お互いが生半可な"覚悟"を持ってたから助かったんだよ。…よかったね、お互い。アンタも私を殺す勇気がなかったから、私に銃は向けることはできても発砲することは出来なかった。…私も同じ。」
「あぁ、本当に何もかも中途半端なクソ野郎だなてめぇは。」


聞き慣れた低い声が背後から聞こえた。




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