kuzu

Medium story

零人目

「ふぅーっ…。」


ここ数日の例の薬に関する報告書がやっとまとまり、一息つく。この薬は個人差によって小さくなる度合いや記憶力、そして元に戻る時間に大きく差があるみたいだ。この辺をもう少し調べて薬で調合しておかないと、実践で巨人に対して使うのは危険すぎる。そう結論づけると私は早速ハンジさんのところへと向かった。早いうちにこれを渡して、私が仲間から失った信頼とあと大切な何かに対してきっちり落とし前をつけてもらわないと。そんな心意気が現れたのかいつもより強くノックをすると、数日前に私にあの薬を渡した時と同じような表情をしたハンジさんが顔を出した。


「ナマエ!丁度良いところに来た!モブリットに君を呼びに行くよう頼んだところだったんだよ…。行き違いになっちゃったかな?」


フンフン、と鼻息を荒くするハンジさんに出来たばかりの報告書を渡すと「さすがナマエ、仕事が早いねぇ。」と言いながら私に紅茶と焼き菓子を勧めてくれた。


「今からじっくり読ませてもらうよ。その後、今後のこの薬について話し合いたいからまぁゆっくり休んでて。」
「分かりました。」


いつもよりやけに優しいハンジさんに甘えて、出されたものを頂く。分隊長クラスになると手に入るモノも違うのか、紅茶も焼き菓子も今まで私が食べたことのないような不思議な味がした。…内地ではこんなのが流行ってるのか?なんて思いながら、美味しいことには変わりないので手を進める。それらを半分ほど頂いたあと、異常は起こった。


「うっ…!うぁっ!!」


体が、燃えるように熱い。今までに感じたことのない、痛いのか熱いのか何かよく分からないけどとにかくすごく苦しい。……あれ、この状況、どこかで…?薄れゆく意識の中、ハンジさんの「来た来た来たーっ!!すっげぇーなこれ!モブリットー!!早くー!」と言って叫びながら部屋を出て行く姿を最後に眼中に収め、私は意識を失った。



***



「…おい、クソメガネ。居ないのか?…ったく人を呼んでおいてあの野郎…、おい。…何だてめぇ…?」


大変な代物が手に入った、と興奮したクソメガネに言われ部屋に入ると当の本人は留守で、その代わりに見たことのないガキが地面に倒れていた。…ハンジの子供か?いや、奴は独り身だ。…なら親戚の子供か?似ても似つかねぇなりしてるがな。何にせよ、こんなところにガキを連れて来られちゃ困る。そう思い、起こすように体を揺さぶってみる。


「…おいガキ。これはどういう状況だ?説明しろ。」
「んっ…」


眠そうに目を擦りながら、意識を取り戻したガキはぼーっと俺を見つめた。すると、ほとんど開いていなかった目がいきなりハッと見開かれ、初めて言葉らしい言葉を発した。


「……へちょ!!」
「あ?」


兵長、と言いたいのだろうか。だとしたら俺を知っているのだろうか。こんなガキ会ったことねぇぞ。そう思っていると今度は目からビー玉のような大粒の涙が溢れてきた。


「へちょっ…こわいっ…うぅっ…」
「な、何だいきなり…悪かった。」


大方、考え事をしていて眉間に皺が寄っていたんだろう。元からあまり良くない目つきにそれが相乗して、ガキを泣かせてしまった。チッ。めんどくさぇな。そう心で毒づきつつ、「すまなかったな。」と自分に出来る最大であろう柔らかい表情を向け、ガキの頭を撫でるとガキは「…ん。」と言い機嫌を取り戻したようだった。俺の謝罪に対して「…ん。」だと?てめぇ一体何様のつもりだ。しかしまたここで大声をあげて泣かれると困るので、喉元まで出かけた言葉をグッと堪える。


「お前、名前は?」
「ナマエ!」
「ナマエ、だと?そりゃてめぇ、」


俺の女の名前と同じだ。そう言いかけたところで、あまり公にしていなかったことを思い出し、口を噤む。親子ほどの年の差であることや、よりによって新兵に手を出してしまった罪悪感から人に言う気にはなれなかった。…専ら、こんなガキにそんなことを考えても仕方ないだろうが。それにしても同じ名前とは。別に珍しい名前でもないか。そう思ってガキを見てみると、何処と無く雰囲気がナマエに似ている気もする。まだまだ浅い付き合いだが、きっとあいつが子供の時はこんな感じだったんだろうなと安易に想像がつく。…いや、将来ナマエに子供が出来たらこんな感じか?俺の目つきの悪さは似なければいいが。そんなことを考えていると、目の前のナマエは鼻歌を歌ったり手遊びをしたりと忙しそうに動き回り始めた。先ほど目に涙を溜めていたのが嘘のように上機嫌になっている。すると突然、子供ナマエは俺に向かって口を開いた。


「…何だ?」
「あのね…。」


上手く口が回らないのか、モゴモゴと聞き取れないため、子供ナマエに視線を合わせるようにしゃがんでやると、なんとこいつは俺に向かってアヒルのように口を窄め近づいて来た。


「へちょ、んーっ。」


口を尖らせて近づいて来る様は、まるで接吻を求めているようだった。…いや、待て。まだ本物のナマエともしてないんだぞ。そう狼狽えていると何故か子供ナマエが疼まり苦しみ出した。…一体、何だって言うんだ。どうすればいいか分からず後ろから背中をさすってやると、ドアが乱暴に開きやっと部屋の主が現れた。


「見ろ!モブリット!!ナマエもちっちゃく…って、え?ちょっと!元に戻ってるー!!何で!?」
「うっ…ゴホッ…ちょ、ちょっとハンジさん!?もしかして私にまで薬盛りました!?どういうことですか!!」


ハンジに気を取られていると気付けば子供ナマエが本物のナマエに変わっていた。…どういうことだ?"薬を盛った"…だと?二人の会話と"大変な代物"という言葉を繋ぎ合わせて、状況がやんわりと掴めてきた。ナマエは目の前のクソメガネと、その後ろから様子を伺っているとモブリットに夢中で後ろにいる俺には気がついていないようだった。


「もうハンジさんのせいで大変だったんですよ!!まず!子供エレンに私の初ほっぺチューが奪われて!それをミカサに目撃されてボコボコにされて!それからアルミンには膝の上に乗られたまま元に戻っちゃって誤解を解くのに苦労しましたし、ジャンなんか一緒にベッドで寝ちゃったんですから!!あと、ベルトル「何だと?」」


聞き捨てならない言葉がたくさん聞こえてきて、居ても立っても居られず口を挟むとナマエは恐る恐る振り向いた。…ここでやっと、目が合う。


「…よく分からねぇが、てめぇが言った"大変な代物"とやらで、ナマエが散々な目に合ったようだが?」
「い、いや、それは違うんだよ…予想外ってやつで…ね、ナマエ?」
「ね、じゃないですよハンジさん!って…いや、兵長、これには訳があって、」


言い訳をするナマエを尻目に、状況を整理してみる。…と言うことは、先ほどの子供ナマエは本物のナマエだったと言うことか。"へちょ"も恐らく俺のことで。…俺に接吻を求めたのもナマエの希望と言うことになる。…なんてこった。年が離れているせいで下手なことは出来ないと躊躇していた俺が馬鹿みてぇじゃねぇか。ナマエの口から出た、耳を塞ぎたくなるような言葉たちの始末はあとでするとして。今はとにかく、ことの元凶であるこのクソメガネをを締め上げる必要がある。


「おいナマエ、言い訳はあとでたっぷり聞いてやる。覚悟しておけ。それからクソメガネ、お前は金輪際ナマエに近付くな。モブリット、お前が監視しておけ。」


それだけ言うと俺はナマエの襟元を掴みグイグイと引っ張り、クソメガネの部屋を出た。まずはこいつの躾、それからさっき名が上がった兵士たちにも何か罰を与えないと気が済まない。チッ。今日は眠れそうにねぇな。




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