kuzu
首ったけ!1st
兵長が愛おしくて、堪らない

「しーかばね踏み越えてー、進むー意思をー嗤うー豚よー」
「………。」


上機嫌に歌を歌いながら先ほどのティータイムの片付けをする私に、そんな私を少し変な目で見るエレン。誰にどう思われようが何とも思わない。ただ兵長は私が淹れる紅茶を褒めてくれて、私にこれからもそうしろと言ってくれたのだ。これは、「俺のために毎日味噌汁を作ってくれ」とか言うあれに匹敵するのではないのだろうか。兵長に使えない奴だと思われていたことは心外だが、そんなことも気にならないほど今は気分が良い。だって、いつもなら冷めた紅茶はまずい、と絶対に少しは残っている兵長のティーカップが今日のは一滴残らず綺麗に飲み干されていたのだ。やっぱり兵長は、気持ちを言葉にするのが少し苦手みたいだ。だけどペトラさんの言うとおり、言葉以外できちんと愛情を表現してくれている。そんな兵長が、愛しくて堪らない。


このティータイムを含む毎回の食事の片付けは下っ端である私とエレンの仕事なので、すでに言葉を交わさずとも出来上がった役割分担を淡々とこなしていく。私はテーブルの片付け、エレンは使った食器の片付け。非常に重要なことなので何度も言うが、一滴残らず綺麗に飲み干された兵長のカップをエレンに手渡すときに、事件は起きた。


ーーーパリンッ!!


つい今しがた、この一年でやっと報われたといっていい結果が、音を立てて崩れたのである。


「「………。」」


兵長の(一滴残らず綺麗に飲み干された)ティーカップが、見るも無残な姿で地面に転がっていた。私は、エレンに兵長の(以下略)を手渡そうとした。それを見てエレンは右腕を伸ばす。エレンの右手がそれに触れたのを目認し、ティーカップの重力が自分の右手からエレンの右手に移るのを感じて私は右手の力を抜いた。すると、ティーカップは私とエレンの手からするりと抜け落ちたのだ。何故こうなった。私たちは二人してそれぞれ自分たちの右手を見つめる。しかし時間が戻らない限り、兵長のティーカップも元に戻らない。


「ひぃぃっ……!」
「こ、これはやばいですナマエさん…!」


『またやりやがったなこのクズ野郎』
『さっきのは取り消しだ粗大ゴミ。てめぇは金輪際二度と俺の所持品に触れるな。』
『てめぇは俺の大切なものを壊した。これがどういう意味か分かるか?なぁ新兵よ。今日をもっててめぇはリヴァイ班から登録抹消だ。大人しく巨人の餌にでもなってろ。』


このことがバレたら兵長に言われるであろう悪態たちが、脳内を浮かんでは消える。兵長が日頃から大事にしてるおそらくとても気に入っていたであろうティーカップをなんと割ってしまった。きっと私の命を差し出したって兵長は納得いかないだろう。最も、兵長が命を差し出せと言うなら頭にリボンをつけて喜んでそうするが。


「…何でそんな大事なものを忘れた。」
「仕方ねぇだろ…紅茶を淹れたのがナマエだって分かった兵長の驚き様にびっくりして、それどころじゃなかったんだよ。」


そこに、先ほどこの部屋をあとにしたばかりのオルオさんとエルドさんの声が聞こえ、それと共に二人の足音が大きくなった。こんなところを見られてしまっては、非常にまずい。そう思った私は咄嗟にエレンの服の袖を掴み、手近にあったクローゼットに身を隠した。


「(ちょ、何するんですか!!)」
「(静かに!あんなところ見られたらマズイでしょ!とりあえず隠れよう!)」


狭いクローゼットの中にエレンと二人で入り、部屋の中を確認する。すると私たちがクローゼットの扉を閉めたと同時に部屋の扉があき、声の主である二人が入ってきた。


「…見ろ。片付けがまだ終わってねぇ。あの下っ端コンビ、このままほったらかしてどこ行ってんだ。」
「ったく仕方なぇーな。」


そんな声が聞こえながら二人が探し物である何かを物色していた。すると、また部屋の扉が開き私たちが最も恐れている人物が再度入室してきた。


「…おい、お前ら。これはどういう状況だ。」
「「………。」」


オルオさんやエルドさんが気付くよりも先に、リヴァイ兵長は自分のティーカップが見るも無残な姿に変わっているのに気付いた。そして二人のことをまるで私を見る時のような酷く蔑んだ目で見つめる。


「な、なんてこった…これは兵長の、」
「お、俺たちじゃないですよ…俺たちはついさっきここへ帰って来て、兵長のティーカップが割れてるのだって、たった今気付いたんですから…!」


冷や汗を垂らしながら二人は必死に弁解する。しかし兵長の眉間のシワは深くなるばかりだ。クローゼットに隠れている私とエレンにも緊張が走る。先輩方お二人には申し訳ないが、どうかこのまま、


「…大方、片付けをしていたら手が滑って落としたんだろう、お前らが。言い訳は見苦しいぞ。」
「いっ、いや、本当に俺たちじゃないんです、違うんです、」
「おいお前ら…これから一週間、訓練後に馬小屋の掃除だ。わかったな?」
「え、ちょ、ちょっと待って下さい!」
「何だ。まだ足りないのか?」
「い、いえ、十分です…。」
「「(………。)」」


完全に誤解している兵長に、濡れ衣を着せられた先輩方。機嫌を悪くして出て行った三人に、部屋はまた静まり返った。完全に彼らの気配が消えたところで私たちもクローゼットから出る。


「………。」
「あ、あは、あはは…。と、とりあえず兵長にバレずによ、よかったね!!」


空笑いを飛ばせばエレンが何か言いたげな目を私に向ける。…確かに、罪悪感を感じないのかと言われれば嘘になる。だけど、そのおかげで私の首は皮一枚繋がったのだ。せっかくリヴァイ班配属になり、兵長とお近づきになれたのにこんなところで引き下がっては女が廃る。とりあえず、兵長にはお詫びにティーカップを買ってこよう。そして、それに私が毎日美味しい紅茶を淹れてそれを飲むたびに兵長が私のことを思えばいい。これこそが、「何かを変えるためには何かを捨てなければならない」と言うことなんだと私は自分自身を納得させた。



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