kuzu
首ったけ!3rd
何故、今自分が兵士としてここにいるのか



「な、何か気分悪……うぷっ、」


雲ひとつ無い空、小鳥のさえずり、気持ちの良い一日の始まりなのに私の胸の辺りはムカムカしたものに支配されていた。お酒を飲んだ翌日特有のカラッカラの喉に、後味だけが広がる。

昨日のマリア奪還前祝いで、注がれるままにワインを飲んでしまった。何だか気持ちも大きくなって、思いつくままに兵長への愛も口にした。……いや、これはいつもと同じか。でもその後のことはあまり覚えていない。食堂からここまでどうやって戻って来たのだろう。

コップに水を注ぎ飲み干すと、ムカムカは幾分かマシになった。シャワーを浴びて、歯を磨いて、気持ちをスッキリさせよう。人類にとって最も重要な日となる今日に、二日酔いだなんてことが兵長にバレたら命が幾つあっても足りない。


私達は今夜、巨人に奪われたマリアを奪還しに行く。



***



今日は、日没の出発に備え昼までは自由時間だった。本来なら体を休めておくべきだけど、何となく居ても立っても居られなくて私は散歩に出かけた。部屋に籠っていると二日酔いとは別の意味で気分が悪くなり、塞ぎ込んでしまいそうだからだ。


兵舎を出て、馬小屋を目指す。マリア奪還へ出かけるのは兵士だけではない。今夜は馬達にとっても大変な一日となるだろう。少しでも労ってやりたい気持ちで、ブラッシングの準備をする。


「……こんなところで何してる。」


すると、聞き慣れた声が背後から聞こえた。誰の声であるかなんて、耳がもう覚えてしまっているし、いつだって脳内で再生出来るほどだ。


「頑張らないといけないのは、兵士だけじゃありませんから。」


そう返事をすると、呆れたようなため息が返ってきた。大方、夜に備えて体力を温存しとけと言いたいんだろう。でもそれは、私だけじゃない。


「兵長こそ、こんなところで何してるんですか?自室へ戻ってゆっくりして下さい。」


振り返らずにそう言うと、返事の代わりに近づいて来る足音が聞こえた。私が準備していた用具を手に取り、私の隣に立つ。


「…馬に好かれるところは変わってねぇな。」


そう言って、兵長が私を見た。その目は相変わらず巨人に向けるそれと同じだ。『兵長こそ、私のことを見るその目はいつまで経っても変わりませんね。』なんて自虐を心の中で唱えている隙に、兵長は手近にいた馬の毛並みを整える。馬は兵長に甘えるように、目を瞑った。


心地よい風が私達の間を過ぎ、今夜闘いに行くなんてことが嘘のような、穏やかな雰囲気に包まれた。


「…兵長は、どうして兵士になったんですか?」


暫くそんな平和なムードを味わったあと、私はふと口を開いた。


「…さぁ、どうしてだろうな。お前こそ、どうして兵士なんかになった?」


お前のようなどんくさい奴、どう見たってそんなタマじゃねぇだろ、と余計な一言を付け加えて兵長が言った。


確かに、兵長の言う通り私は自分でも兵士に適した人材ではないと思う。それが、気付けばリヴァイ班に抜擢され、そこから班長へ昇格して。憧れだけで入団した訓練兵のあの頃から、自分は随分遠くまでやって来た気がする。ここから私は、どこへ向かうのだろう。


「…さぁ。私も理由なんて分かりません。あったのかどうかも、忘れちゃいました。でも、"今何故自分が兵士としてここにいるのか"は、分かりますよ。」


そう言って、目の前の馬から目を離し真っ直ぐに兵長を見つめる。紆余曲折ありながらもここまでやって来れた理由。これからも茨の道を突き進む理由。


「"兵長がいるから"、です。大好きな兵長が向かう場所を私も目指します。それだけ、ですよ。」


そう言うと兵長は、珍しく口をポカンと開け私のことを見つめていた。その目は、今まで散々向けられて来た巨人に対するものだったり、虫けらだったり、或いはゴミだったり、そんなものではない。兵長の切れ長の目に、私が映る。兵長の瞳の中の私も、そんな兵長に驚いたような目を向けていた。


「……くだらねぇこと言ってねぇでさっさと片付けろ。モタモタしてると日が暮れちまう。それまでに出発の準備が出来てねぇと置いてくぞ。」


暫くの間のあと、兵長はそう言い私から視線を逸らした。そこからは私のことなんて目もくれずにテキパキと慣れた手つきで用具を片付けていく。


……"照れ隠し"だ。


それに気付くのに、そんなに時間はかからなかった。私のさっきの発言に、兵長は照れている。いつも、迷惑がっていた私の言葉に兵長はキチンと耳を傾けてくれて、真摯に受け止めてくれた。返事はしてくれなかったけど、今回それを"照れ隠し"と言う反応で答えてくれた。きっと、自惚れなんかじゃない考えに、胸の奥底から何か暖かいものが滲み出てくるような感覚に襲われる。


……やっぱり私、兵長のことが好きだ。"好き"なんて言葉で表現してしまうには勿体無いほどに。


「何ボサッとしてやがる。本当に置いてくぞ。」


兵長はすっかりいつもの調子に戻り、相変わらずの視線を私にくれている。我に返り私も出していた用具を片付ける頃には、兵長はもう歩き出してしまっていた。


決して大きいとは言えない、しかし誰よりも大きなものを背負っている背中を見つめる。服の上からでも分かる程筋肉質な兵長の背中には、自由の翼以外にも見えない何かがズッシリとのしかかっている。


私は、明日もこの背中を見ることが出来るのだろうか。


私達は今夜、巨人に奪われたマリアを奪還しに行く。




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