kuzu
首ったけ!3rd
俺はまだ何も知らなかった

「調査兵団は肉も食わせてもらえなかったのか…。」


ムシャムシャ、と肉を頬張りながら爆弾を落としたマルロにテーブルはしんと静まり返った。別に指示されたわけではないが、何となく104期、それも班ごとに固まりながら席に着いた俺たちの中に、マルロの失言を叱る先輩兵士は居ない。本来その立場にあたるマルロの属する班の班長・ナマエさんは、同じ班長同士で集まって別のテーブルに座っている。もし、この場にナマエさんが居たらどんな反応をしていただろう。他の班長が恐らくそうするように、自分の班員の失礼な発言を注意したりするのだろうか。決して長くない付き合いの中で、俺はまだまだナマエさんのことを知らないのかもしれないが、あの人が人の上に立ち指示したり、後輩を怒ったりする姿を俺は想像が出来ない。


「ま、まぁね…。でもよく憲兵から調査兵に編入しようと思ったね。憲兵の時の班と、今のはどう?やっぱり色々と違うんじゃない?」


一同に漂う気まずさを破るように、アルミンが口を開いた。


「あ、ああ……。上官の方々は俺たちのことを放置していたからな。あんなもん、班編成なんてあってないようなもんだった。ここへ来て、ナマエ班長はもちろん、他の兵士だって編入してきた俺のことをすごく気にかけてくれる。俺は、こういうところへ来たかったんだとつくづく思ったよ。」


"ナマエ班長"……奴の口から出た、耳に慣れない言葉の組み合わせが、いつまでも心に浮いている。あの、ナマエさんが、昇格して班長になって。朝礼等で前へ出ることが多くなり、もう平の兵士ではないことは理解しているはずなのに、俺は中々その事実を受け止めることが出来ていないようだった。もうリヴァイ班の一員じゃねぇから当然俺たちの訓練には参加しねぇし、ナマエさんを見る機会もめっきり減った。毎日朝夕の食堂くらいでしか、あの小さな姿を見ることがなくなって、兵長に熱い視線を送るあのうっとりするような表情も久しく見ていない。それは俺にとって、いいことじゃねぇか。だけど、俺はなんだか心にぽっかりと穴が開いたような、支柱を失いバランスを崩しかけているような、そんな気持ちだった。


………ああ、忘れてた。俺、ナマエさんに告白したんだった。


俺は、ナマエさんがリヴァイ班を脱退し、よその班の班長になったと言う事実が衝撃的過ぎて、その直前に自分がした行動を忘れてしまっていた。いや、忘れたかったのかも知れない。あれから俺は、ナマエさんと一度も話せずにいる。


俺が悶々と葛藤している間も、マルロを中心にテーブルでは話が進んでいる。


「ナマエ班長は昇格したばかりだからか、新兵の俺から見ても手際が悪く色々と粗が目立つ。だけど、それ以上に俺たち新入りの班員に熱心に指導したり、訓練にも人一倍気合いが入ってる。あの人になら、命を任せられると思ったよ。」


なんだか他の人の話を聞いているようで、俺は周りを見た。死に急ぎ野郎、ミカサ、アルミン、コニー、…芋女は柱に縛り付けられているから聞いていないだろうが、ナマエさんと共に過ごしたリヴァイ班の俺たちはこぞって不思議そうな顔をしていた。


「…な、なんか、ナマエさんが班長ってのも変な感じするし、悪口じゃねぇけどそんなに気張ってるタイプじゃない気が俺はするぞ…。リヴァイ兵長のことには必死だったけどよ。」


一言余計なコニーの発言に、俺は首を縦に振れなかったが、リヴァイ班の面々は概ねその言葉に納得したようだった。異議を唱えたはずのコニーに、何故かマルロも賛同した。


「それは相変わらず健在だ。だけどあの人、ブレードを持つと人が変わると言うかなんと言うか…上手く言えないんだが、多分団長はナマエ班長をの潜在能力を見据えて今回昇格させたんだろう。」


まだまだ実感のないその言葉に、俺は告白を決意した時のアルミンの言葉を思い出した。


ーー『僕たちがリヴァイ班に入ってすぐの会議で上官達が話しているのが聞こえたんだけど、ナマエさんはまだ調査兵になって一年ほどしか経っていないのに、討伐数は旧リヴァイ班の熟練兵士とさほど変わりなかったって。それに旧リヴァイ班の中で唯一、兵長からではなく団長から直々に指名された、とも言っていた…。』


ーー『僕たちは、まだナマエさんが巨人と戦っているところを一度も見たことがない。きっと、ナマエさんには僕たちの知らない"強さ"があるんだ。』


「俺はまだ、ナマエさんのことを何にも知らなかったんだろうなぁ……。」


思わず心に浮かんだ言葉をそのまま口に出してしまい、それを掻き消すように強引に水の入ったジョッキを掴む。


「スマン、向こうが騒がしくて聞こえなかった。何だって?」


マルロが親指でナマエさんの座っているテーブルを指す。もうすっかり出来上がってしまったナマエさんが耳を塞ぎたくなるような言葉を兵長に言い、他の班長が歓声を上げている。


「『お前は"ナマエ班長"の下に配属されて幸せ者だ』って言ったんだよ。」


俺はそう言って、マルロの肩越しに見えるその風景を見ないように、わざと背を向けた。




前へ 次へ


第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -