kuzu
首ったけ!3rd
兵長が実は優しいことは私だけの秘密

「おい、しっかりしろ。」
「むー…、へいちょ、だいすき…。」


酒にグデングデンに酔った奴を、支えるような格好で何度か声をかけたが、返ってくる返事は意味のないものばかりだった。近くなる距離に、いつもの奴とは違い酒の匂いが鼻を掠める。それだけでも酔ってしまいそうなのは、今日も一日訓練をして、疲れきった上にさっきの宴があったからだろうか。ナマエは全体重を俺に預けるような形で、普段でも動きの遅い足をチビチビと動かし前進する。その目はさっき以上に虚ろで。今なら、きっとこいつは何を言っても覚えていないだろう。


「……お前、どうして"班長"なんかになりやがった。」


酒は、こいつだけでなくどうやら俺まで可笑しくしちまったらしい。何も考えずに出た言葉は、自分でも驚くものだった。…なに言ってんだ。俺は別に、こいつがどこへ行こうが何をしようがどうだっていい。なのに、今の言葉は何だ…。ナマエもビクッと肩を震わせて、それまでフラフラと歩いていた足をビシッと地に付けた。背筋に、嫌な汗が伝う。


「は、はんりょ("伴侶")…!?へいちょ、ぷろぽーずなら、しらふのときにおねが、うわっ、いたい!」


とんでもねぇことを口走ろうとしたナマエの頭に拳骨を一発お見舞いしてやると、奴は顔をしかめて殴られた箇所をさすりながら渋々口を閉じた。一体、どんな耳してやがる。


「どうして、俺の班に"残留"しなかったと聞いているんだ。この豚野郎。」


口をついて出た言葉は、またも俺を悩ませた。俺は一体何を…?そしてまた、俺の言葉にピクリと奴が反応する。


「"ニャンちゅう"…?あ、へいちょもみてたんですか?…あれ、おもしろいですよね。…でもニャンちゅうは"ぶた"じゃなくて"ねこ"、い、いたたたたっ!!」


またも訳のわからないことを呟く奴の頬を思い切りつねってやると、ナマエは涙目になりながら余計に赤くなった頬を手で覆った。そして、嫌そうな顔をして俺から離れる。なんだ、自分で立てるんじゃねぇーか。そう思い、奴の腕を肩から下ろすと残念そうな声が聞こえた。


「あー…。まだ、わたし、」
「嘘つくんじゃねぇ。」
「バレた…。へいちょと、くっついてかえれるとおもったのにー…。」


どうやら奴は、自分で歩けるくせに演技をしていたらしい。それに腹を立て、また一発お見舞いしてやると、奴は「もう!いたいですから!」と顔をしかめた。この呂律の回っていない話し方は、演技ではないらしい。


「へいちょって、ほんといじわるですよね…。」


再度、殴った箇所をさすりながらナマエが口を尖らせる。それに何故か、満足している自分がいた。…こいつで遊ぶのは面白い。ハンジがこいつを可愛がっている理由が少し分かった気がした。


「でも、そんなへいちょも、すきですよ?…だって、へいちょはじつはすごくやさしいこと、しってますから…へへへ。」
「てめぇ、それ以上ふざけたこと言ってると本当に削ぐぞ。」
「だからー、なんどいえば、わかるんです?…へいちょにそがれるならほんも、ぐへぇ!いたっ!痛い!ちょっと、殺す気ですか!?」
「望みのままにしてやっただけだが。」


したったらずに口を開くナマエが無償に腹が立って、項に向かって手刀を振り上げた。すると奴は両膝からズルズル地面に落ち、ゴホゴホと咳き込み苦しそうな顔で俺を見上げた。「痛みで酔いも覚めたみてぇで一石二鳥じゃねぇーか。」そう言うと「酔いを覚ますどころか危うくあの世へ行きかけました。」と返ってきた。まだ焦点の合っていない目を見る限り、酔っていることに変わらないのだろうが一先ず明日は大丈夫そうだ。そう思うと安堵のため息が漏れた。そうでなくても明日は多大な犠牲が出るだろう。こいつが酒に酔ったせいで、一つの班が全滅なんてすればそれこそシャレにならねぇ。


「さっきから本当痛いです!褒めてるのに、何で攻撃してくるんです!?」
「てめぇがふざけたことばっかり言ってるからだ。それ以外言うことねぇのか?」


お前は口を開けばそればっかりだな。……なのに、何で俺から離れたーー…?、胸に浮かんだ言葉を口に出すまいと必死に飲み込んだ。ふさげてんのは俺の方じゃねぇーか。そんなに多く飲んだ覚えはないが、俺も相当酒が回っているらしい。


「はいっ!ないです!」


右の拳を左胸に当て、大袈裟に敬礼しながらナマエは言った。


「だって私、本当に兵長のこと好きなんですもん!いつも怖い顔してて近寄りがたいけど、本当はすごく仲間思いで優しくて、でもやっぱり意地悪で、そう思ったらふと優しくされて、そう言うギャップにやられてることに気付いてない罪なところも好きです。大好き!」


…今が夜中で本当に良かった。こんなところ、また誰かに見られていたら好奇の目を向けられていただろう。…それに、今自分がどんな顔をしているのか考えたくもない。これ以上聞いてられず、「おい、黙れよ。」と制止したが奴はそれでも続けた。


「…でも兵長が実はすごく優しいことは、私だけの秘密です。だって、他の人に知られて兵長のことを好きになられたら困りますから。巨人にも人にも、兵長は渡しません…。だからこそ、心を鬼にして班長になる決断をしました。」
「なんだと?」


最後の一言に釣られて横槍を入れると、それに反応したナマエが顔を上げた。お前が班長になることと俺が、どう関係あるって言うんだ。


「私、言いましたよね…?この前の壁外調査のあとに、"巨人を撲滅出来たら、その時は私のことを見てくれますか"って。団長が言ってくれたんです。私が班長になれば人類の勝利に近付く、って…。それってイコール兵長にも近付くことが出来るってことですよね?だから…本当はリヴァイ班に残りたかったけど、私、」


そこまで言いかけると奴は足を止めた。どうやらここが、こいつの部屋らしい。言葉を最後まで聞くことが出来なかったが、充分だった。こみ上げてきた"何か"は気づけばもうすっかりなくなっていて。部屋のドアを開け、中に入ろうとするナマエに一言声をかけた。


「明日…死ぬんじゃねーぞ、ナマエよ。」


「もちろんです。おやすみなさい。」と奴はゆっくり扉を閉めた。俺も自室へと向かう。嵐の前の静けさと言うのだろうか。夜の廊下は怖いくらいに静まり返っていた。



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