kuzu
首ったけ!3rd
今はまだ、始まってすらいない

「ナマエ!班長昇格おめでとう!!」


ハンジさんの音頭に合わせて乾杯すると、ワインの入ったグラスは小気味良い音を立てた。…いざ、他の班長達と顔合わせするとやはりほとんどがベテランの兵士で。一人、私だけが浮いているような気がしてならない。…でも、もう決めたんだ。後戻りは出来ない。


エルヴィン団長から昇格の話を持ちかけられたあの日から三日後、再び団長の元を訪れた私はリヴァイ班脱退、そして班長になる意思を伝えた。それに団長は「君ならそう選んでくれると思っていた。」と喜んでくれた。しかし私の決心に賛成してくれたのは団長だけで、私の異動に反対した者は少なくなかった。肝心の兵長の気持ちは、やっぱり今もまだ見えない。あの日、私の前で初めて取り乱した兵長は私に何を伝えたかったのだろうか。そんなこと、私が分かるわけがない。だけどそんな兵長の意見を無視して私は、自らの意思でリヴァイ班脱退を決めた。私の背中を押したのは、あの日聞いた団長から聞いた、"私が班長になれば人類の勝利に近付くかもしれない"、と言う言葉だった。


初めて兵長に自分の思いを告げた時、私は「人類が勝利出来ればその時は、私のことを見てくれますか。」と言った。それに兵長は、肯定も否定もしなかったのだけど、私は人類が勝利して初めてスタートラインに立てると思っている。今はまだ、始まってすらいないんだ。早く、兵長に私と言う存在を認めてもらいたい。今は兵長のそばを離れることになったとしても、これがきっと一番の近道なんだ…。同じ兵団に属していて、離れるなんて表現は少し大袈裟かも知れないけど、…明日も会えるとは限らない。現に、この宴は明日のマリア奪還作戦の前祝いなのだ。明日、私は兵長の知らないところで死ぬかもしれない。


それにしても、私の班長としての最初の仕事がマリア奪還だなんて、荷が重すぎる。新しい班員に新しい武器。全てが新しくなったのに私の気持ちは今だにリヴァイ班に置き去りにされている。…それもこれも全て、"兵長にハッキリ言われると、リヴァイ班に未練を残すことなく去れる"と言った私によく分からないことを言った兵長のせいだ。…そう、全て兵長のせいなのだ。そう結論づけ、慣れないワインを流し込む。折角のご馳走が口の中でアルコール独特の味に変わり、思わず顔をしかめた。



***



「おい、あいつに何を飲ませている。酒に強いようには見えないが。」


宴の席も盛り上がり空になったビンが目立ち始めた頃、ハンジが俺のテーブルに近づいて来た。声をかけると奴はニヤリと口角を上げ、何か面白い事でも見つけたように悪戯に笑った。


「え、何?あいつって誰?」


そう言って、またその笑みを深くする。ため息をついて顎で班長達が集うテーブルを指すと更に、「え?誰?誰のこと??」っとしらばっくれた。このクソメガネ、俺のことで遊ぶつもりらしい。


「使えねぇクセに班長なんかになりやがった、クズ野郎のことだ。」


そう言うとハンジは「もう、ナマエちゃんってちゃんと言ってよー。」と俺にもたれかかるようにして言った。最初っから、誰のことだか分かってんじゃねぇーか。ふわっと香った酒臭さに顔をしかめると、それに気付かないフリをしてハンジが続けた。


「あれー?もしかしてリヴァイ、ナマエの心配してる?ナマエはもう、リヴァイの部下じゃないんだよ?だから心配しなくていいの。それとも何、個人的に気になってる感じ?」
「うるせぇクソメガネ。奴が俺の班を脱退したからと言って、俺の部下じゃなくなった訳じゃねぇーだろうが。」
「まぁそうだけど、リヴァイがまるで子供を気にするみたいにナマエのこと見てるからさー…。でもああ見えて、ナマエもちゃんとペース配分してると思うよ?明日はナマエの初舞台なんだし、もう自分一人の体じゃないことくらいあの子もちゃんと、」
「そんな風には到底見えねぇーがな。」


ヒックヒックと肩を震わせて赤い顔をしている奴に目をやる。それにしても、この胸糞悪い気持ちは何だ。何かが、可笑しい。その"何か"を探るようにボーッと奴を見ていると、酒を注がれるがままに飲み干し、その都度小さな肩を震わせた。ペース配分、か。奴の脳裏にそんな言葉、存在しないだろう。


「おい、こいつはもう限界だ。それくらいにしておけ。」


こんなのを酔わせて何が楽しいのか、ニタニタと笑いながらナマエに酒を注ぐ他の班長たちを一蹴すると、奴らは俺の顔を見てより一層笑った。


「おいナマエ、噂の兵長がお出ましだぞ!さっきの甘〜い言葉、本人の前で言えばいいんじゃねぇーか!?」


ガハハハ、と下品な笑いが響く。それに合わせてナマエも、焦点の合っていない目に締まりのない口を開けて笑った。


「んー…へーちょ、すきぃ…、ふふふ。」
「………。」


ナマエのその言葉に大きな歓声が上がる。俺の班のテーブルからは悪態が聞こえた気がするが、それを遮るようにナマエの隣に座っていたベテラン兵士が叫んだ。


「兵長!酔ってるとは言えこんなに可愛い後輩が愛の告白をしているんですよ!さぁ、答えて下さい!!」
「こいつの場合、酒が入ってろうがなかろうが対して変わらねぇ。おい、宴はもうしまいだ。」


そう言って、グラスに残った酒を飲み干そうとするナマエの手からそれをひったくると、奴は惜しみそうに「あー…」と言った。…これがペース配分だと?笑わせるな。


俺の言葉に一人、また一人と食堂を後にする兵士たち。もうほとんどが各々部屋へ帰った中、数人の兵士と俺の班員だけが取り残されていた。ああ、俺が席を立たないからあいつらも帰れないのか。そう思い口を開く。


「お前らももう帰っていいぞ。明日に響く。」


そう言うと尚も肉に食いついていたサシャを数人が引き剥がし、連れて行く形で食堂を出て行った。その中で、一人俺の方へ近づいて来る奴とバッチリ目が合う。


「…なんだ。」
「いえ…。」


声をかけると気まずそうに俺から目を逸らし、ナマエの方へと向かう。…ジャンだ。どうやら俺ではなく、こいつに用があったらしい。半分意識がないような奴に、何の用があると言うのか。様子を見ていると、ジャンはナマエの側まで寄ると「大丈夫ですか。」と声をかけ、返事をしないナマエの横に跪いた。そしてダラリと横に流れたナマエの片腕を自分の肩に回し、ナマエを支えるようにして立ち上がる。ジャンが何をしようとしているかに気付き、俺も口を開いた。


「そいつは置いていけ。俺に任せろ。」
「いえ、兵長は早く自室へ戻って明日に備えて下さい。ナマエさんは、俺が責任を持って、部屋まで送りますから。」


俺の提案を断り、頬を赤く染めながらジャンは言った。それに、先ほど感じた"何か"がまた腹の底から這い上がってくるのを感じた。


「もう一度言う。そいつは置いていけ。てめぇはさっさと部屋へ戻ってクソでもして寝ろ。」


"何か"を振り払うように低い声で言うと、ジャンは観念したのか「…分かりました。」と言ってナマエから離れた。さっきの盛り上がりが嘘のように、食堂はしんと静まり返る。俺はさっきのジャンのように、ナマエの腕を自分の肩に回し歩み出す。「班長になったくせに、世話のかかるところは"新兵"と呼んでいた頃から何も変わらねぇな。」そう憎まれ口を叩くと、ナマエはまるで返事のように「うー…。」と苦しそうな声を出した。




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