kuzu
40000Hit企画・リク夢

あなただけ

キーボードを叩く音、鳴り響く電話のベル、怠そうに歩を進める足音…、いつもと何も変わらない金曜日のオフィスなのに、カレンダーを見るだけで笑みが零れてしまう私は所謂"恋煩い"ってやつなんだろう。


そんな気の抜けた私を、上司のリヴァイさんが見逃すはずがなかった。少し離れたところで私と同じようにパソコンに向かって座っている彼は、いつもの仏頂面で自分のパソコンをトントン、と指差した。これは仕事に集中しろ、と言う意味だ。慌ててパソコンの画面に目を戻し、仕事をしているフリをするがそれも一瞬で、またその目は自然とカレンダーに戻ってしまっていた。


そもそも、こんな状態になってしまっているのは彼のせいだ。カレンダーには、今日でリヴァイさんと付き合って丁度半年であると言うことが示されていた。他部署からも人気があるリヴァイさんが、仕事もロクにできない、飛び抜けた魅力がある訳でもない私と交際しているなんてことが知れたら、きっとみんなびっくりするだろう。それが、こうして特に大きな喧嘩もなく半年と仲良くやっと来れたと言うのだから、私ですら嬉しい反面驚いている。こんなに幸せが続いてしまって良いのだろうか。もう何度も何度も繰り返した、今後の予定をまた頭でおさらいする。今日は仕事が少し早く終わる私が、先に買い物を済ませリヴァイさんの家へ戻り、夕食を作る。こんな楽しいアフターファイブが待っていると言うのに、これがソワソワせずにいられるはずがない。


退社時刻になると、私はいつも以上に手早く片付けを済ませ会社を後にした。リヴァイさんのデスクを通り過ぎるときに目配せをすると、彼も薄い唇をほんの少し上げた気がする。こうやって言葉を交わさずとも心を通い合わせることが出来るようになって、何の取り柄もない平凡な私が、少しだけそうじゃなくなったような気持ちに、心が舞い上がっていた。



***



リヴァイさんの好物、好きな紅茶の茶葉、それからいつもより奮発したワインを買い揃えて、リヴァイさんのマンションを目指す。エレベーターの中で、先日もらったばかりの合鍵を取り出すと、一人っきりの空間だったためか、ふふふっとまた笑みが漏れた。明日はお互い仕事が休みだし、もしかすると今日はお泊りかも知れない。そんな思いを隠せずに、エレベーターを降り、浮き足立った気持ちで角を曲がると、丁度リヴァイさんの部屋の前辺りに人影が見えた。



「…………。」



目が合って、軽く頭を下げ会釈をされる。まるでファッション雑誌を切り抜いたような綺麗な女性がそこに立っていた。細すぎないスタイルの良さに、テレビのアナウンサーのような整った顔立ちが良く映えている。控えめに笑ったその姿に、女の私ですら思わず心を奪われてしまうほどだった。



「…………。」



どちらも動かずに、嫌な沈黙が続く。こんな綺麗な女性がどうしてリヴァイさんの家の前で立ち止まっているのだろうか。もしかして、リヴァイさんの隣人で鍵を無くして家に入れないとか…?いや、何度かここへ来たことがあるが、確か隣人はリヴァイさんと同じく独身男性だと言っていた気がする。その方の彼女さんか何かだろうか。普段からあまり早く動かない頭を回転させていると、沈黙を破ったのは向こうだった。



「リヴァイの、お知り合いでしょうか?」



そう言われ、背筋が凍る思いをする。鳥のさえずりのような心地よい声からは、確かに"リヴァイ"と聞こえた。……"リヴァイ"?リヴァイさんのことをそう呼ぶ人に、私は今まで出会ったことがない。


「あ、え、えっと……。」


どう答えたら良いか分からず、意味の無い言葉が口から溢れ出る。この人は、リヴァイさんの何なのだろう…?お知り合いかどうか聞きたいのは寧ろこっちの方だ。スーパーの袋を持つ右手に汗が滲む。しかし、私が尋ねる前に口を開いたのは彼女だった。


「突然ごめんなさいね。実は私、以前彼とお付き合いしていたことがあって…仕事で久しぶりにこっちの方へ来たのだけど、ここの駅で降りるとどうも彼を思い出してしまって、連絡もせずに押しかけてきてしまったの。リヴァイは相変わらず、遅くまで仕事みたいね。」


そう言うと彼女は、寒そうに自分の両手を重ね合わせ息を吹きかけた。コートから覗く雪のように白い手に、スラリと伸びた細い指。キチンと手入れされた爪には派手すぎないピンクページュのマニキュアが塗られていて。私はそれらを、まるで自分とは別世界のものであるようにぼんやりと眺めていた。


『実は私、以前彼とお付き合いしていたことがあって…』


彼女の透き通った声が、頭で何度もリピートされる。リヴァイさんの、前の彼女…?そりゃあ、リヴァイさんだってある程度の年齢だ。過去に恋愛の一つや二つ、してきたに違いない。だけど、こんなにも綺麗な方だなんて反則だ。"月とスッポン"と言う言葉は、今の私のためにあるのかも知れない。


「そ、そうですか…。」


彼女の言葉に、よく分からない言葉を返す。彼女がまた、「それで、貴方はリヴァイのお知り合いですか?」とか何とか聞いてきたらどうしよう。私はどう返事をしたら良いのだろう。彼女がリヴァイさんを待っていると分かった今、理由も説明せずに自分一人だけリヴァイさんの家へ入ることも出来ない。一体、どうすれば……。


そこへエレベーターが下から上がってくる電子的な音が聞こえた。チン、と言う音がして扉が開く。一人分の足音が聞こえたかと思うと、角から見えた人影に私はドキリとした。


リヴァイさんだ。私に言っていた時間よりも一時間も早く、彼は姿を現した。どうしよう、まだ晩ご飯の支度が出来ていないのに。いや、そんなことより今は目の前の彼女のことだ。リヴァイさんの姿を捉えたその大きな瞳は、先ほど以上にキラキラしている。それは、彼女が今もリヴァイさんのこと思っていることを物語っていた。


右手に持っていた一輪の薔薇に目を落としていたリヴァイさんが、ふと進行方向に目をやる。そこには当然、月とスッポンである元恋人の彼女と現恋人である私が居て。私より先に私の隣に居る彼女を視界に入れたリヴァイさんが、珍しくあっと驚いた顔をする。それを見た彼女は柔らかく微笑む。まるで私は、一昔前の映画のワンシーンを観客として見せられているようだった。


「…リヴァイ。久しぶりね。仕事で用があって、こっちの方へ来たから寄ってみたの。相変わらず忙しいみたいだけど、ちゃんとご飯は食べてる?バランスの良いもの食べないと、」
「どうしてここにいる?」


リヴァイさんを見るなり、嬉しそうに駆け寄った彼女の言葉を遮るようにリヴァイさんが低い声を出す。その温度差に気付いたのか、彼女は整えられた綺麗な眉を下げ、申し訳なさそうな顔をした。


「ご、ごめんなさい…。良かったら、一緒に晩ご飯でもどうかと思ったのだけど、急に押しかけられて迷惑よね…。今日は出直すわ。」
「もう来なくていい。」


リヴァイさんはそう言って、彼女をぴしゃりと跳ね除けた。そして真っ直ぐに私の方へ歩を進め、荷物を持っていない私の手を取る。


「俺は今こいつと付き合って、将来も考えている。分かったなら、もう二度と俺とこいつの前に現れないでくれ。大切な奴を傷付けたくないんでな。」


そう言って、リヴァイさんは私の手から荷物を奪い、その手に薔薇を持たせた。ムラなく真っ赤に凛と咲いたその薔薇に見惚れていると、グイッと強引に家の中へと入れられる。後ろ手にドアを閉めたかと思うと、リヴァイさんは強引に私の唇を奪った。いつもとはまるで違う力強い接吻に、派手なリップ音が静まり返った空間に鳴り響く。


「んっ、ちょっリヴァイさっ…や、だぁ…あ、」
「………………。」
「き、聞こえ、ちゃうか、やぁっ…!」
「聞こえるようにやってるんだろうが。」
「なっ……!」


上手く酸素を取り込めないせいか、頭が上手く回らない。しかしふわふわ浮いたような感覚が脳を支配しているのは、きっとそれが原因ではない。暫くのキスの嵐が過ぎ去った後、リヴァイさんが昂揚した頬を私に向けて、私の握る一輪の薔薇に自分の手を重ねた。


「…嫌な思いをさせて、悪かった。だけど、これだけは分かってくれ。俺は…お前だけだ。そうでないと、仕事を早く切り上げたり、こんな小っ恥ずかしいもん花屋で買って来たりしない。」


そう言うと、リヴァイさんはふっと顔を逸らし、何事もなかったかのように靴を脱ぎ家の中へと上がってしまった。いつも以上に動きの悪い頭がリヴァイさんの言葉をキチンと理解して、頬が熱くなるのを感じる。そんなの、私だって同じだ。どんなに美人な人と過去にお付き合いしていたって、その人に勝るところが一つもなかったとしても、リヴァイさんを思う気持ちだけは誰にも負けないと胸を張れる。


手の中の薔薇は、先ほどよりも凛として見えた。




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