kuzu
40000Hit企画・リク夢

帰る場所

「シケた面してんじゃねぇ。飯がまずくなるだろうが。」


久しぶりの二人での食事で、静寂を破ったのはリヴァイだった。彼はそう言うと、いつも通りの味のしないスープを口へ運ぶ。例え私がどんな顔をしようとも、そのスープはこれ以上まずくなれないほどもう既にひどい味だ、なんて言葉は、噛むのに苦労するほど硬いパンと共に飲み込む。それもこれも全て、領土を取り返せば丸く収まる。だけど、もしかするとこれがリヴァイと二人で過ごす、最後の夜になるかもしれない。


「お前を陣営から外したこと、まだ根に持ってるのか。」


そう言うとリヴァイはテーブル越しに身を乗り出し、私の頭を撫でた。その手は傷だらけで。それを見ると余計に、自分の無力さを痛感した。


「世の中には”適材適所”って言葉があるだろうが。」


そう言って、私の顔をのぞき込む。明日の壁外調査の陣営が決まった直後にも、同じようなことを言われたが、私は未だに納得していなかった。


「救護兵であるお前が、壁外調査に同行して、負傷した直後の兵士を助けてやりたい気持ちもよく分かる。だが現段階で、お前ほど医療に長けた人間は調査兵には居ない。…これがどういう意味かわかるか、ラウラよ。万が一お前が壁外でやられれば、誰が負傷した兵士を助ける?お前が壁内に残ることで、助かる命があるだろう。分かったなら、お前は自分のやるべきことに専念しろ。」


そう言ってリヴァイは立ち上がった。…分かっている、そんなこと言われなくても。だけど、理解していることと納得することは別だ。まだまだ腑に落ちない顔をしていたであろう私の方へ、リヴァイは歩を進める。


「明日帰ってきたら、話がある。夜は空けておけ。」


そう言うとバタンと扉を閉めて退室してしまった。ああ、私だって言いたいことが山ほどあったのに。リヴァイを前にするといつも何も言えない自分がもどかしい。


私とリヴァイの仲は、決して男女のそれではない。今まで何度か、他の兵士からそう尋ねられたことがあるほど、私たちは仲が良いが、きっとそれは恋愛なんかには程遠いものだと思う。願うならそうなりたいと私は思うけど、兵士長であるリヴァイは、今はマリア奪還や、先日トロスト区を奪還した際に発覚した巨人化できる新兵・エレンのことで頭がいっぱいなはずだ。とにかく今はそれどころではない。そう自身にも言い聞かせ、残っていた質素な食事をかき込んだ。明日の今頃、私はまたリヴァイに会えることが出来るのだろうか。



***



「ラウラさん、壁外から兵士が帰ってきました!!かなり数が減っているようで、負傷者も多数との情報です!!」
「……!?重傷者から私に回して!!残りは作戦通り動くように!」


今回のために特別に支給された医療品の数々を確認していると、その報せは思ったより早くやってきた。時計を見なくたって、まだリヴァイ達が出発してからものの数時間ほどしか経っていないことが分かる。早すぎる帰還に、嫌な報せ…一体何があった?リヴァイは、無事なのか…?そう驚きながらも、部下に指示を出すとその通りに全員が所定の位置についた。部下の気迫だった顔を見ていると、昨日リヴァイに言われた言葉を思い出す。


『お前が壁内に残ることで、助かる命があるだろう。分かったなら、お前は自分のやるべきことに専念しろ。』


壁外調査へ出かけた兵士にとっては、壁内に帰ってくることで戦いは終わるが、私たちの戦いは兵士が帰ってきた今まさにこの瞬間から始まる。



***



「…大方落ち着きましたね。あとは経過を見ながら治療を受ける兵士がほとんどだと思います。」
「そうだね、ご苦労さま。」


用意していた医療品はあっという間になくなり、ベッドの数も足りずソファや地面での治療の嵐が過ぎたあと、部下の一人が言った。みんなが帰還してから、どのくらいの時間が経ったのだろうか。治療に追われていたために、皆目見当がつかない。今まで目の前のことに必死だったために、ふとある人のことを忘れて居たことに気付き、脳内にガツンとした大きな衝撃が走った。


「リヴァイはどこ?」


声をかけてきた部下に問うと、彼女は明らかに顔をしかめて「えぇっと…。」っと答えを濁した。重傷者は全て私のところへ回ってきたはずだ。その私が見ていないとなると、無傷で生還したのか、怪我を負ったが軽傷で済んだのかもしくは……。


「えっとですね、リヴァイ兵長ならこちらへ来られて…それから…、」


どう答えるか迷ったように視線を右に泳がせる部下。壁外へと続く門からそう遠くない場所に設置された、臨時の救護施設でであるここへ彼が来たと言うことは、リヴァイも少なからず怪我を負っていたということになる。もしかして、容態が急に悪化したとかで私の元へ回ってこない内に……。


ハッとした私は、思わず部下を押しのけドカドカと走り回りリヴァイを探した。静かに休んでいた兵士たちも、何事かと重い腰を上げ私に目をやる。そんな私に、いつもの気怠そうな声が聞こえた。


「…オイ、俺たちは壁外で巨人の足音を嫌というほど聞いてきたんだぞ。ここでくらい、静かにさせてもらいたいんだが。」


リヴァイだ。私にこんな憎まれ口を叩くのは、この男しかいない。いつもならすかさず反論しているところだが、今はそれすらも彼がここに確かに存在していることを感じられて愛おしい。……しかし。奥へと続く個室に歩を進めるそれに、違和感を感じた。まさか、と思わず私もリヴァイのあとへ続く。


「リヴァイ、足…!」
「…ああ。対したことない。」


そう言うと、そこに用意されたベッドに腰を下ろす。見せて、とズボンを捲り上げようとするとリヴァイがそれを拒否した。


「もう既に治療済みだ。構うな。」
「でもっ…!」


怪我がどれくらいのものなのか、自分の目で確かめたい。私のところへ回って来なかったのだから、リヴァイの言うとおり『対したことない』のかも知れないが、それでも知っておきたい。だってリヴァイは私にとって、大事な……、


「オイ、どうした。何を焦っている。らしくないぞ。」


そんな私に、リヴァイは私を覗き込み、優しく呟いた。そんな些細な仕草に、物凄く安心している自分がいる。


「俺は、ここに居るだろう。」


そう言って、リヴァイが私の手を握った。その手は太陽のように温かくて。今ここに、確かにリヴァイが生きていることを私は再び感じた。


「俺は、お前のいるところへ必ず帰ってくる。だから心配はするな。……これが昨日言いたかったことだ。」


「えっ、」と言いかけた私の言葉は、リヴァイの唇に飲まれて行った。グッと引き寄せられバランスを崩した私を、リヴァイが支えるようにして抱きしめ私にキスを落とす。今までの大きな漠然とした不安がどこかへ消えてしまったように、心の底からじわりと暖かい気持ちが滲み出てきた。


「ありがとう…。私も、リヴァイが安心して帰って来れるように待ってるからね。」


そう言うと、リヴァイがふっと微笑んだ気がした。




前へ 次へ


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -