kuzu
40000Hit企画・リク夢

いつかのために

「ジャン!早くしないと置いてっちゃうよーっ!」
「オ、オイ待ちやがれ!これはペアで競う訓練だぞ。お前だけ先に行ってどうする!」
「はっはーん、ナマエってばこの訓練の意図をまるで理解していませんねぇ。ただ自由に飛び回ってるだけじゃ、私達に勝てませんよ!さぁ、ここはさっさと終わらせて私は食糧庫に行きます!それから、勝てばジャンとナマエの夕食は私のものですからねーっ!」
「こ、こらサシャさん!もう盗み食いはダメですよ。連帯責任だと私まで怒られるんですからねー!」


立体起動で颯爽と風を切り、去ってしまったナマエに続くように、サシャが聞き捨てならねぇ発言をして俺の横を通り過ぎる。そしてその後に、どっちが先輩だか分からねぇほどしっかりした芋女の後輩が続いた。俺も置いていかれちゃ困る、とすぐにアンカーを放出する。


調査兵になり数年が過ぎ、俺たちは"中堅"と呼ばれる部類に属するようになった。気付けば105期、106期…と新人が次々入団してきて、一丁前に教育担当なんかにもなっちまって…まだまだ教えることより教わることの方が多いんだけどな。なんて、面目丸潰れなことを思いながらガスを噴出する。


運命の悪戯か、はたまた神様の気まぐれか、俺の元へやって来た新兵の名は、ナマエ・ボットと言った。…ボット、この苗字を忘れるはずがない。資料を見て驚いて顔を上げた俺の前には、黒髪にそばかすを顔に引っ付け、優しい瞳をした…あいつソックリの女が居た。だが、ソックリなのは容姿だけで性格はまるで正反対だった。


「テメェ、教育担当である俺の言うことをちゃんと聞きやがれ!いいか、これはチームワークを試されてる。お前だけが突っ走って単独行動したってまるで意味がねぇ。これはスピードを競うもんじゃない。辺りを警戒しながら進むぞ。俺のペースに合わせろ。」
「え〜、ジャンに合わせてたら日が暮れちゃうよ。ジャンが私に合わせて。」
「ハァ?何寝ぼけたこと言ってやがる。そもそも前々から思ってたんだが、お前には先輩を敬う気持ちがねぇーのか?ジャンじゃねぇだろ、ジャン"さま"だろうが!それから、俺の指示に従え!」
「えーーー。」
「『えーーー。』じゃねぇ、"かしこまりました、ジャンさま。"だろうが!」


今日と言う今日はこってり絞らねぇと気が済まねぇ。やっとナマエまで追いつき、もう逃げられねぇようにナマエのワイヤーを捕まえながら追い詰めると、コイツは反省の色を見せるどころかいつまでも愚痴を垂れた。コイツの人を敬う気持ちとか、常識的な考えとかは全て兄貴に持ってかれちまったんだろうか。常識的だったマルコと違って、ナマエはそう言う部分がひどく欠落しているように思えた。だが一つ褒めるとすれば…、


「お前、兵士としての才能はあるんだからよ。もうちょっと周りを見ろ。今のままじゃ宝の持ち腐れだ。俺たちは、一人じゃ巨人に勝てねぇんだからよ。」


そう言うと、ナマエの顔が少し曇った。最後の言葉はマズかったかも知れない。『志半ばに亡くなった兄の仇を取るために調査兵になった』と初日に熱く語っていたコイツを思い出す。その言葉通りに、コイツはその年一位で卒業し、特に立体起動に関しては俺にも負けず劣らずの腕前を見せていた。


「何をそんなに急いでんだよ。」


"死に急ぎ野郎第2号だな"、と言いかけた言葉は唾と一緒に飲み込む。普段は冗談で使っているこの言葉も、コイツには違った意味で捉えられるだろう。


「…だって、早くしなきゃ、早く巨人倒さなきゃ、お兄ちゃんが報われない…。」
「……お前なぁ、」


今にも泣き出してしまいそうなナマエの頭を撫でながら、俺はため息をついた。普段は先輩である俺にすら憎まれ口を叩き、強気でいるくせに兄貴の話になると急に萎れる。そんなコイツに、俺は心底弱かった。だからコイツの前で、マルコの話をするのは嫌だったんだよ。兄貴の死を受け止め、立派な意思を持って調査兵団に入団してきたナマエと違って、"あの日"からずっと前に進めず足踏みしていたのは俺の方かも知れない。


「そんなに生き急いでお前に何かあってみろ。俺こそアイツに合わす顔がねぇよ。」
「もう会うことなんてないじゃん。」
「オイ、今なんて言った?」


心にズッシリとのしかかってきたナマエの一言に、何かが切れた。気付けば俺はナマエの胸ぐらを掴み、片手でその小さな体を持ち上げていた。苦しそうな顔をしながら、ナマエが両手で俺の右手を引き剥がそうとする。もう、どんな表情をしているのか分からないくらいに涙でグチャグチャになっている。


「だって、もう死んじゃったんだもん!会えないじゃん!」
「マ、マルコはまだ、死んでねぇ!!俺たちが忘れない限り、マルコはずっと…記憶の中で生きてんだよ…。だからもう、そんな悲しいこと言うな。」


ナマエを宙に浮かせたまま右手を離すと、支点を失ったナマエは尻餅をついた。いきなりのことで驚いたかも知れねぇが、左手だけでは溢れてくるものを拭いきれない。俺の涙に気付いたナマエはとうとう声を上げて泣き出した。二人揃って訓練中に泣いている今の様子を誰かに見られたら、何事だと思われるだろう。…マルコは、こんな俺たちを見て呆れるだろうか。


「…俺はマルコと違って、あんなに優しくねぇーし気配りの出来る男じゃねぇ。それに、お前みたいな憎たらしい奴は妹はもちろん、後輩にだってお断りだ。」
「なっ、」
「だけどな、俺だってアイツの仇を取りたい。その為なら俺は、お前の兄貴にだって先輩にだって、何だってなってやるよ。」
「……ジャン、くん…。」


今までになかった、控えめに付けられた呼称がコイツの心情の変化を物語っていた。『兄貴にだって、先輩にだって、……"恋人"にだって、』実際には付け加えることの出来なかったワンフレーズを胸で唱える。ああ、何で俺、こんな奴が好きなんだろう。何でよりによって、マルコの妹なんか、


「…じゃあ、一緒に頑張ってくれる?私と一緒に……、」
「当たり前だろーが。苦しんでんのは、お前だけじゃねぇ。」


そう言うとナマエは甘えるように俺の胸に頭を預けた。これは、多分俺が言った通り兄貴とか先輩だとか、そう言う認識なんだろう。俺の思ってるのとは違う。だけど、今はそれで良い。いつか、俺たちが勝利して自由を手に入れたときに、この想いを伝えられれば、それで良い。落ち着きを取り戻し泣き止んだナマエを鼓舞し、俺は再び宙を待った。今度は俺の言った通り、ナマエはペースを合わせ進んでくれる。本当の気持ちが伝わったわけではないけど、何だか一歩前に進みたような、大きなわだかまりが溶けたような、そんな感覚が胸をくすぐった。まずは、こうして一つ一つの訓練を大切にしていこう。その先に、俺たちの望むものがあるはずだ。


この日の晩は、何故か晩飯がなくて二人してひもじい思いをするのはまた別の話。




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