kuzu
ルドベキア
07

父さんに全財産のほとんどを奪われたあの日から、私はすっかり生きる気力を無くしてしまった。一年間、命を削りながらコツコツと貯めて、それがようやく形になりつつあったと言うのに、一瞬にして崩れ去ってしまった…。この事実を、私は受け止めることが出来なかった。一体、私は何のために今までやって来たのだろうか。父さんに全てを奪われるために、私は犯罪に手を染めていたのだろうか。


…またイチからやり直そう。あのペースで行けば一年後の今頃は…。自分の意識より遥か彼方遠いところからそんな声が聞こえたが、私はそれを実行に移すことが出来なかった。何だがもう、全てがどうでもよくなってしまったのだ。また盗みをしたって、どうせリヴァイに捕まる。運良く逃げ延びることが出来たって、また父さんに金を持って行かれる。結局は、アンを孤児院へ入れることが出来ないまま、生活もギリギリのまま、私達二人は野垂れ死ぬ運命なんだろう。ならいっそ、あのまま巨人に喰われておけば良かった。そうすればこんな、無力感を味わうこともなかったのに…。


しかし、私がこんな気持ちに駆られている間も時間は残酷に進み、父さんが最後の良心として置いて行った金はとうとう底をつきかけていた。このままでは、本当に死んでしまう。今はもう、孤児院のことは一先ず置いておいて、明日明後日生きることを考えなければならない。私はいつ死んだって構わない。だけどアンは、あの子だけは、死なせるわけには行かない。そう思った私は家を飛び出した。また、人目を盗んで地上へと向かう。学もなければ才もない私には、やっぱりこれしか残されていない。


久しぶりに吸う地上の空気は、本当に味があるように美味しく感じられた。…やっぱりここだ。アンにも早く、この空気を吸わせてやりたい。今となっては、もうそれも叶わぬ夢となってしまったが。


いつもと同じ黒のマントを身に纏い、立体起動装置を隠すようにして、町民に成りすましながら、金目のものを身につけている人は居ないか辺りを物色する。ターゲットが決まれば跡を付け家を割り出し、こっそりと侵入するのが私のいつものやり方だった。地上も地下も唯一変わらない点は、人はみな前ばかりを向いて歩いている。後ろを振り返る余裕もなく、横をよそ見する暇もなく、みな前ばかり見ているのだ。そんな間抜けな奴らに、今まで正体をばれたことは一度だってなかった。


しかし、今日は違った。いや、後ろを振り向かないのはいつもと変わらない。しかし、街行く人はみな一定方向を見つめ急ぎ足でそこへ向かっている。一体、何があると言うのか。余りにも多くの人間が一斉にそちらへ向かうため、今日はあの集団からスリでもしようかと私もそちらへ向かった。人だかりの中から幾つもの声が聞こえる。


「壁外調査ですって。きっとあの半分も帰ってこないわよ。」
「まーた調査兵団の連中が集団自殺しに行くのか!結構なことだが税金の無駄遣いだけはやめてもらいたいもんだな!」
「自由の翼だー!かーっこいいっ!!」


人混みを掻き分けながら辺りに耳を傾けていると、通りが見える頃には今から何が起こるのか理解することが出来た。先日リヴァイからもらった大きな翼が描かれた深緑のマントを被った連中が何人も、馬に跨りぞろぞろと壁の方へと向かっている。それを横目に、私は何故か奴らと同じように壁側へ足を進めていることに気付いた。私はここへ、壁外調査に向かう調査兵団の見送りに来た、間抜け共の財布を頂きに来たと言うのに、何故か目の前を通る調査兵一人一人に目を向けている。……居ない、どこだ?この人数だと見つけられないか…?焦りにも似た感情が胸に疼き、ハッとする。


……自分は誰を探していると言うのだ?認めたくない気持ちが溢れてきて頭が混乱する。ど、どうして…別に、あんな奴のこと、どうだって良いだろう。奴が壁外へ行ったって、そこでおっ死んだって、どうだって良い…。


「オイ、」
「っ!な、何だいきなり!!」


そんなことを考えていると、いきなり肩を掴まれる。振り向くといつも以上に不機嫌な面を引っさげたリヴァイが立っていた。ほんの1秒ほど前まで考えていたその人が現れて、素っ頓狂な声を出す。


「いつもいきなり現れるお前に言われたくないな。…なんだ、地上の空気を吸いに来たついでに俺たちの見送りか?呑気に散歩でもしてるようなら憲兵につき出すぞ。」
「そ、そんなんじゃない…。それよりお前、こんなところに居ていいのか?さっきも町民が、税金の無駄遣いだ何だと文句を言っていた。こんなところに居るところを見られたら、」
「ああ、厄介だろうな。それに、あと数分も経たない内に壁外へ出る。盗っ人に油を売ってる時間はねぇ。だが聞いておきたいがある。」


リヴァイはそう言って少し真剣な顔をした。何だって言うんだ。私が返事をする前に奴が口を開く。


「この一週間、何をしていた?盗みをしている形跡がないと憲兵が首を傾げていたぞ。金ヅルになる男でも見つけたか?」
「その逆だ。」


そう言ってリヴァイを突き放す。思い切り胸を押したつもりだったが、チビな割に力はあるようで奴はビクともしなかった。


「…どういう意味だ?」
「前回地上へ出ている間に、蒸発した父が家に帰って来ていた。私がこの一年で貯めた金をゴッソリ奪うためにな。金ヅルだったのはこっちの方だ。」


キッと睨むようにリヴァイに目をやると、奴は私の最後の一言に眉を下げた気がした。だけど、同情なんかしてもらったって何の腹の足しにもならない。


「あれだけ苦労して貯めた金が一瞬で…。これで、アンの孤児院行きは白紙だ。私も盗みをする気力を削がれた。今はもう、何も考えられない。今日はただ、明日生きる為だけの小銭を稼ぎに来た。」
「…………。」


リヴァイは何も言わなかった。切れ長の目に何やら意味ありげな気持ちを灯しているのが見てとれたが、それが何であるかを汲み取ることは出来なかった。私達二人に流れる沈黙とは裏腹に、門はゴゴゴゴゴ、と盛大な音を立てて開かれようとしている。それに目をやったリヴァイはようやく口を開いた。


「…そうか。なら二つ警告しておく。今日のお前は隙だらけだ。近づいて来る俺に気付かないなんてどうかしてるぞ。大変だったのは分かるが気を引き締めろ。それから、」


そう奴が言いかけた途端、眼鏡をかけた女性が彼の名を呼んだ。どうやら出発の時間らしい。その声には応答せずにリヴァイが続ける。


「今日は俺たちの出発にあたって、憲兵も配置され警備を強化している。気を付けろ。」
「はぁ?だから何でお前が、」


私の両肩に手を置き、真っ直ぐに私を見つめたリヴァイは言葉を言い終えるや否やそそくさと人混みを掻き分け、馬に跨り一団の中へと消えてしまった。先ほどとはまた違った表情をして壁の外へと消えていくリヴァイにどんどん距離を感じる。


「…『気をつけろ。』はこっちの台詞だ。」


ボソリと呟いた言葉は町人の歓声に掻き消された。



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