kuzu
ルドベキア
05

「落ち着け!!立体起動で壁に掴まれ!!」


リヴァイはそう言って自分のトリガーに手をかけた。私も、その言葉に我に帰り素直に従う。危機一髪のところで壁に捕まることが出来、宙ぶらりになりながら私は安堵のため息をついた。壁上から落ちた拍子に、付けていたマントはひらひらと下へ落ちていく。それを無意識の内に目で追おうとして、ハッとした。


……下を見てはいけない。


本能がそう言っていた。だが怖いもの見たさとはよく言ったもので、自分の意思とは裏腹に目が動き、自分がいつも飛んでいるところよりも遥かに高い位置で、何の支えもなしに宙ずりになっていることを思い知る。…ダメだ、動けない。私の下では、先ほどよりも鮮明に見える巨人が鼻息を荒くして私のことを見上げていた。壁上からは確認出来なかったが、どうも巨人によって身長や表情に違いがあるようで。しかしみな揃いも揃って両手を上げ、私を捕食しようとしている。


と、その時、足に何かが触れギョッとして真下に目を向ける。群がっている巨人の中でも一番大きいものの手が触れたみたいだ。その瞬間、その巨人が大きな口を開けニィっと微笑んだ。唇のない不気味な口からは、無数の歯が顔を見せる。そしてそいつは今度は確実に私の足を掴んだ。


「うわわわぁぁぁああああ!!!」


片足を掴まれた私はズルズルとそのまま下に引きずり降ろされた。壁に刺さっていたアンカーは私の落下と共に壁から離れる。


もうダメだ。私は死を覚悟した。私を掴んだ巨人はゆっくりと私を自分の口元へ持って行く。抜刀しようにも力が入らず、頭に浮かんだのはアンの笑顔だった。私がここで死ねば、アンはどうなる…?体の力は抜け、何も考えられないくせにそんなことだけは咄嗟に浮かんでくる。喰われる、そう諦めかけたとき、稲妻のような速さで深緑の影が私の方へ飛んで来た。


ーーーシャキンッ!!


ブレードが何かを削ぐ音が聞こえたと同時に、私を掴んでいたものの力が抜ける。状況をすぐに把握し、壁から抜けたアンカーを打ち直した。今度はすぐに巻き取り、私は再び壁上へ舞い戻ることが出来た。心臓がバクバクと音を立てている。


り、リヴァイが助けてくれたのか…?


ふと下を見下ろすと、巨人の項を削ぎ落としたリヴァイがこちらへ飛んでくるところだった。恐らく巨人のものであろう血飛沫が身体のあちこちにかかり、目つきの悪い顔がそれに相乗し、その姿はさながら殺人鬼のようだ。呆気にとられながら、またも顔色一つ変えずに壁上へ戻って来たリヴァイを見ると、安堵のせいかヘナヘナと腰を抜かしたようにその場に座り込んでしまった。……情けない。


「ここがどんなところか分かったなら、金輪際壁には登るな。次も助けてやれるとは限らねぇぞ。」


そう言って、リヴァイはシュウシュウと音を立てながら蒸発していく血をハンカチで拭き取った。その不思議な光景に、返す言葉が見つからない。蒸発する血、項を削ぐと死ぬ、個体差がある、人以外に興味を示さない…あまりにも多くの謎が一気に頭を駆け巡ったため、もうどうにかなってしまいそうだった。…いや、そんなことより、


「…助かった。礼を言う。」


慣れない言葉を紡ぐと、妙な感覚に胸がざわざわとした。こいつが居なければ、私は確実に死んでいた。私が死ねば、アンも生きる手立てがなくなる。私とアンの命を救ったのは、紛れもなくリヴァイだ。


私が礼をいうと、リヴァイはフンと鼻をならし目を逸らした。そして、いつもの冷たく低い声で呟いた。


「犬死はするのもされるのも嫌いなだけだ。」


その言葉に、何やら深い意味を汲み取り私はまた黙り込む。…今まで、一体何人の仲間を巨人に殺されたのだろう。…一体何回巨人に殺されかけたのだろう。そこまで考えた途端、ふとこの前から疑問に思っていたことが胸に浮かんだ。


「自分の身を危険に犯してまで、どうして私を助けた…?自分の立場を危うくしてまで、どうしてあの時私を見逃した…?」


私の問いに、リヴァイは返事をしない。代わりに自由の翼が描かれた緑のマントを脱ぎ、私の背中に回した。


「落ちたマントの代わりにこれを被っていけ。誰もお前のことを怪しむ奴は居ないだろう。」
「なっ…!」


ふわり、と嗅いだことのない清潔感のある匂いが鼻につく。妙な暖かみに包まれ、私は更なる疑問に首を傾げることになった。リヴァイは、私の命を助けただけでなくまた見逃そうとしている…?


「だからどうしてっ…!」
「どうして…、だろうな。」


そう言うと、リヴァイは自分が私にかけた、自身のマントを手で払うようにして私の首筋に目を落とした。まだ赤くなっているであろう箇所を指でなぞられると、あの出来事がフラッシュバックする。


「やめっ…!」
「俺とお前が、似ているからだろうな…。」


それを拒むように手を近付けると、奴はその私の腕を掴んだ。そしてまたフッと薄い唇を上げた。


「いつか、俺の言っていることが分かる日が来るだろう。」
「く…、来るはずない!お前と私が、似てるだと!?笑わせるな!!」


そう言って、今度こそリヴァイの手を払いのける。すると、リヴァイは後方…すなわち、ウォール・ローゼ壁内側からの音に耳をそば立てた。50mの壁上に立っていても、今私が着ている深緑のマントを被った米粒のような憲兵どもがこちらへ向かってくるのが見える。


「ナマエよ、早く行け。時期にお前がここにいることかバレる。」
「なっ…!また見逃す気か!」
「お前、俺に捕まえられたいのか?」


よく分からない言葉を吐いた私に向かって、リヴァイが至極まともなことを呟いた。その顔は、先ほどよりも意地悪くニヤリと笑っている。確かに、リヴァイの言うとおりだ。憲兵はすぐにここに私たちが居ることを気付くだろう。その前に、逃げなければ。


「借りは必ず返す。」
「ああ。塀の中で返してもらおう。」


そう言ったリヴァイの背中を視界の端に収め、アンカーを打つ。グングンと飛び続ける際に受ける風は、再び心地よいものに変わっていた。




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