kuzu
ルドベキア
04

「居たぞ、あそこだ!」
「別の屋根に移ったぞ、追えー!」


今日も今日とて、憲兵に追われながら私は生きるため、犯罪に手を染める。奴らは三年も立体起動の訓練を受けていたはずなのに私に追いつけないなんて、道理で巨人に百年も勝てないわけだ。趣味が悪いと笑われるかも知れないが、私は憲兵の悔しがる声を聞きながら空を飛ぶのが好きだった。お前らなんかに、私が捕まるはずがない。私を捕まえられなくたって、酒を飲みながら勤務したって、金がもらえる奴らと私は違う。


「お前ら一旦引け。ここは俺に任せろ。」


そんな私の楽しい時間を、また奴は邪魔をする。頭一つ分抜きん出ていたリヴァイがそう言うと憲兵は素直に引き下がった。絶妙なガスの噴出加減とアンカーを放つタイミングで、確実に私との距離を詰めている。


「お前の相手は巨人だろう。私ではない。」
「てめぇこそ、憲兵をおもちゃにするのはやめろ。あいつらはあれでも王に仕えた国の人間だ。お前の遊び相手じゃねぇ。」
「あいつらが私を捕まえることが出来たら、そうだと認めてやろう。それまではいつまで経ってもおもちゃだな。」


そう言ってフンと鼻で笑うと、リヴァイもうっすらと笑ったような気がする。この前、アンを連れて見学に行った孤児院で不運にも再会してしまってから、リヴァイと私には妙な関係が出来てしまった。奴は立場上私のことを追う。だけど、『俺に捕まえられないように必死に逃げろ』と言う。『俺以外には捕まるな』とも言っていた。じゃあ追ってくるなと言いたいところだが、奴も仕事だから仕方ない。これほど矛盾したことはないだろう。だけど今となっては、私にはリヴァイの方がおもちゃなのかも知れない。


「ナマエよ、立体起動装置はどこで手に入れた?どうやって飛び方を学んだ?」
「オイ、気安く呼ぶな。憲兵に聞こえるだろう。」


そう言いガスを思いっきり吹かし急上昇する。教会か何かの建物の影に隠れるように張り付くと、中に居た人と目が合い叫びながら指を指された。それには構わずにリヴァイの方を見る。私を追うのは本望じゃないと言うような口ぶりであったが、奴は一切手加減をするつもりはないらしい。今も鬼の形相で私のことを探している。逃げるのに夢中で進路を考えていなかったが、随分南の方まで来てしまった。ここからだとローゼ側の壁よりマリア側の壁…すなわち巨人の活動領域である壁側の方が近い。憲兵を完全に撒く意味を込めても、一旦マリア側の壁まで行き壁上を走った方が早く中心部へ戻れるだろう。


そう判断し建物の壁から飛び出すと、リヴァイは待ってましたとばかりに食いついた。また、鬼ごっこが始まる。


「質問に答えろ。立体起動装置をどこで手に入れた?」
「泥棒にそれは愚問だな。」
「それも盗んだのか。手癖の悪い奴め。町民のモノを盗むだけならまだ罪は軽いが、それは国から兵士に支給されているものだぞ。バレたら重罪だ。下手したら、」
「さっきから国国うるさいぞ。国が私たちから色んなものを巻き上げるのだから、奪い返して何が悪い。」


そう言って壁まで駆ける。生まれて初めて壁の近くまで行き、私はその存在感に圧倒された。50mって、思ったより高い…。だがそこで怯んでいる訳には行かない。アンカーを刺し、壁上まで一気に飛び上がる。


「オイ、そっちはっ…!!」


ビュンビュンと風を切り上昇する中で、リヴァイの声が聞こえた。やや呆れ顔で私に続く。


「うぉっ…っと…、」


前のめりになりながらも、なんとか私は壁上に降り立った。以外にも横幅があるそこには、今は誰もいない。確かここは、駐屯兵の管轄のはずだ。巨人と人類の最前線であるここが無人だなんて、一体何を考えているんだ。壁さえあれば絶対的な安全が保障されていると思い込んでいたが、この様子だと地下街まで巨人がひょっこり顔を出す日も近いかも知れない。


「てめぇ、こんなところまで登りやがって。」


そう悪態をつきながら、リヴァイは私の横に降り立った。その様子は余裕綽々で。こいつは調査兵で、ここへ登るのは、もちろん今日が初めてではないのだろう。奴の経験から来る立体起動装置の技術の高さが癪に障る。


「まさかこんなところまで追ってくるとはな。しつこい奴は嫌われるぞ。」
「言っただろう。地獄まで追いかけると。最も、地獄はもうそこだが。」


そう言うとリヴァイは足元に目をやった。釣られて私もそちらを覗き込む。そこには、未知の世界が広がっていた。退廃した街並みの中を、見たことのない生物が我が物顔で闊歩している。50mの高さから見てもハッキリと見えるそれは、私たちに気付くと壁側に群がり、両手を広げて空(くう)を掴んだ。


「なっ、なんだあれは…!?」
「"なんだ"、だと?てめぇがさっき言った、"俺の相手"とやらだが。」


驚く私を見て、リヴァイは顔色一つ変えずに呟く。あれを見て、何とも思わないのか…?遠くからでも、何となく私たちに微笑んでいるような気がして悪寒が走る。好奇心で壁の端ギリギリまで近付くと、一体、また一体と近づいて来て、両手で私を手繰り寄せるような仕草をする。き、気持ち悪い……。


「お前はいつも、こんなのを相手にしてるのか?」
「そうだ。それが調査兵の仕事だ。」


そう言うと、リヴァイは巨人達を挑発するように転がっていた石を蹴った。それは壁を越えて、重力に従い巨人の元へと落ちていく。石は一体の顔面に当たったが、そいつは気にもとめず、まるで痛みを感じていないように真っ直ぐに私たちを見つめ続けていた。


「人以外のモノに興味を示さねぇ、厄介な奴らだ。」
「今まで、何体殺した?」
「さぁな。そんなの一々数えてる間に喰われちまう。」


そう言ってリヴァイは真っ直ぐ前を見た。荒れ果てた旧市街地の先には果てしない草原が続いていて。狭く薄暗い世界で育った私には何もかもが眩しかった。


ーーーゴゴゴゴゴゴゴ!!


すると、突然耳を塞ぎたくなるような音が聞こえたかと思え、辺りを強風が襲った。風に紛れ埃が宙を舞い、無意識に目を瞑る。閉鎖的な地下街で生まれ育った私にとって、風とは元来感じたことのないものだった。精々立体起動で風を切って走るときに感じる程度だ。しかし今、それとは比べとのにならないほど、とてつもなく強い風に襲われている。50m上空にいるため余計にそう感じているのか、グッと踏ん張ってみたが、壁上のギリギリに立っていたためバランスを崩してしまった。


「うわわわぁぁぁああああ!!!」


立体起動時以上にGを感じながら、ふわりと私の体は宙を舞う。巨人を見ても顔色一つ変えなかった、リヴァイのあっと驚く顔が見えた。巨人は、先ほど以上に両腕をバタバタさせ私を歓迎していた。


前へ 次へ


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -