「お前の妹、アンが無戸籍な理由は何だ?何故お前は盗みをする?今自分が置かれている状況を弁えて正直に答えろ。」
別室へと連れて行かれた私はリヴァイに壁へと追いこまれ、鼻と鼻がくっつくきそうな距離まで近付かれた。奴の実力は昨日の一件で思い知っている。加えて、ここにはアンがいる。どう考えても分が悪い。観念したように口を開いた。
「アンが無戸籍な理由は、後先考えずにやることだけやって孕んだ親のせいだ。こんなこと、今じゃ珍しいことでもないだろう?盗みを働くのに、金がいるから以外に何の理由がある。」
そう言って奴を突き飛ばそうとしたがリヴァイはビクともしない。
「憲兵から預かったデータによると、お前多い時は週に三度、少なくても一度はやってるみたいだな。異常な頻度だ。働いていないのか?」
「このご時世…特にマリア崩壊以降は大の大人ですら就職難だ。マトモな教育を受けてこなかった私なんかが職に就けるわけないだろう。」
「親はどうした?」
「母さんは一年前に病気でポックリ、父さんは母さんが死んでから有り金を全部持ち去って蒸発した。」
「…………。」
そう言うとリヴァイは口を閉じた。別に、同情なんかしていらない。そんなものもらったって生活は出来ない。
「見逃せなんて言わない。ただ、私はお前なんかには絶対捕まらない。対して成果も上げていないくせに、税金を湯水のように使って…末端の人間にも目を向けてみたらどうだ?お前には分からないだろう。明日の飯も確保出来ない人間が、どんな思いで毎日生きているかなんて。」
そう言うとリヴァイは真っ直ぐに私を見た。奴の瞳に自分が映っているのが見える。
「俺も、お前と同じような境遇だった。」
そんな奴の口から出た言葉は意外なものだった。…どういう意味だ?
「俺たちから見ればお前のやっていることは犯罪だが、お前からみれば…そうじゃないんだろう?生きるために仕方のないことだ。そう割り切れれば胸も痛めずに済む。お前の気持ちはよく分かる。」
そう言うと、その目を驚くほど切なくさせた。こいつも、同じ……?
「昨日お前を見たとき、死んだ目をしていた。夢も希望もない、そんな目だ。それが、今日妹を連れたお前は違った。アンだけがてめぇの生きる理由だ。違うか?」
「ち、違わない…。」
「あいつをここへ入れるのか?」
「そうだ。地上の孤児院に入れて立派な大人にさせる。それが私からあの子に出来る唯一のことだ。」
「"地上の"…?可笑しな言い方をするな。お前、もしかして地下街出身なのか?どうやってここまで来た?」
「うるさいっ!そんなこと、どうだっていいだろう!!」
うっかり滑らしてしまった口を誤魔化すように、奴の肩に手を置き距離を取ろうと試みる。憲兵に私のことが知れたら、盗みは今よりもっと難しくなってしまう。そんな私の心情を察したのか、リヴァイはそれ以上追求して来なかった。切れ長の目に無愛想な顔をした私が映る。
「…ただ無茶はするな。ヘマもこくな。俺は立場上、お前を追わなければならない。俺に捕まえられないように、必死に逃げろ。」
「そんなこと、言われなくてもっ…!」
そう言うと、距離を置いたはずのリヴァイは、再び私に近付き、あろうことか私の首筋に唇を這わせた。チクリ、と感じたことのない痛みが走る。
「これは手錠の代わりだ。いつか、本物をお前の両腕に嵌めてやる。それまで、誰にも捕まるんじゃねぇぞ。」
リヴァイはそう言って私の頬を撫でた。我に返った私は、さっとその手を振りほどき奴を睨みつける。百ほど言ってやりたい文句だが、今はそれすらも思いつかない。悪態をつくことも忘れて、私は咄嗟に近くにあった鏡を見た。痛んだところは真っ赤になっていて、リヴァイに何をされたか気付いた私は奴を睨み付けた。
「てめぇ、何しやがる!!」
「言っただろう。手錠の代わりだと。それよりお前、名前はなんだ。」
「なっ、これが手錠の代わりだと!?」
「…ほう。これとは何のことだ?」
「……………。」
「まぁいい。それより名は何だと聞いている。」
「お前ごときに名乗る必要はない。」
「ナマエ、とか呼ばれていたか?」
覚えているなら何故尋ねた、と言う私にリヴァイは返事をしない。リヴァイに私を紹介し、名前までご丁寧に教えてしまったあの職員を今更恨んでもあとの祭りだ。
「戸籍を調べても無駄だぞ。私もアンと同じだ。」
「そんな気は更々ねぇ。俺はお前を捕まえることだけを、調査兵団の運営資金の援助を条件に頼まれただけだ。てめぇの身辺調査は憲兵の仕事にあたる。最も、あいつらがお前の正体に気付くとは思えねぇがな。」
「あんなノロマ共に気付かれるくらいなら死んだ方がマシだ。」
そう呟くと、何だがよく分からない空気が私たちの間に流れる。…自分への依頼は、私が盗みを働いている時に私をその場で捕まえることだけが仕事だから、今は干渉しない…そう言いたいのか?
「…ナマエ、これは本名か?」
「妹の前で、それもこれから世話になる施設に偽名を使うと思うか?」
そう言うとリヴァイはそれもそうだな、と納得した表情を見せた。なんだこれは。なんだこの雰囲気は。敵だと思っていたリヴァイ…いや、今も充分敵であるリヴァイと、こうして呑気に会話をしていることが信じられない。しかも、手錠の代わりとやらまでされてしまった。世も末なのは私の方だ。
「俺は、」
「"調査兵団兵士長のリヴァイさん"…だろ?」
「…ああ、そうだ。」
そう言うと、リヴァイは私に手を差し伸べてきた。明らかに、握手を求めている。全く意味が分からない。
「今度は本物の手錠とやらをする気か?」
「いずれはな。しかし今日のところは目を瞑ってやる。お前も妹の前で罪人にはなりたくいだろう。」
「……お気遣いどうも。」
そう言って渋々リヴァイの手に自分のそれを重ねる。
「お前とは長い付き合いになりそうだ。よろしくな、ナマエよ。」
「それは私を追っても追っても捕まえられないからか?」
「逆だ。てめぇを地獄の底まで追い詰めてやる。」
「上等だ、受けて立とう。人類最強とやらの鼻をへし折ってやるよ、兵士長さん。」
こうして、リヴァイと私の不思議な関係は始まった。