kuzu
ルドベキア
02

「ナマエねーちゃん!」
「アン、寝てろって言ったじゃないか!」


盗品を早速質屋へ持って行き、予想より遥かに少ない金額を手に、私は生まれ育った街…地下街へと下った。日付はもうとっくに変わっていて、五歳になる子供が起きていて良い時間はとうに過ぎている。それでも、何度言っても、妹のアンは私が地上へ上がった日は寝ずに私の帰りを待っていた。


「今日もお仕事おつかれさま!」
「あ、ああ…。」


そう言って、罪悪感に苛まれながら視線を逸らす。窓の先に見える景色は、朝も夜も変わらなかった。こんな時間に帰って来るのは、今日が初めてではない。地下で生まれ育った私達は自由に地上へ上がることは許されないため、いつも警備が手薄になる早朝や深夜を狙って行き来しているからだ。地下街の人間が無許可で地上へ上がり、しかも盗みを働いているなんてことが知れたら当然罪人として拘束されるだろう。そうなれば、私以外に身寄りのないアンは路頭に迷う。しかしそんなリスクを犯してまでも、私には犯罪に手を染めなければならない理由があった。


「ホラ、早く寝な。明日は地上にある"学校"の見学に行くんだろう?」


そう言うと、アンはぱぁっと花でも咲いたように笑顔になった。一体私は、アンに幾つ嘘をつかなければならないのだろう。元々無理をして起きていたらしく、横になるとすぐに眠ってしまった妹の顔をそっと撫でた。


……ーーアンを地上の"孤児院"に入れ、立派な大人にさせる。


それが私の夢であり、目標であり、全てだった。親代わりになれなかった私が、アンに唯一してやれることはそれしかない。そしてその夢が、ようやく現実になりつつあるのだ。もうすぐで、必要金額が揃う。決して、綺麗なお金の稼ぎ方ではないけれど、このためなら私は何だって出来る。



***



「それではご説明は以上です。ゆっくり見学して行って下さいね。」


優しそうな職員に見送られ、施設を見渡す。幸い、"学校"がどんなものであるか分からないアンの目にはここは全寮制のそれだと映ったらしい。こっそりと地上へ出てきた甲斐があった。そう思い、またグルリと辺りを見渡すと見覚えのある姿が目に飛び込み、心臓が口から飛び出してきそうな衝撃を受ける。


………リヴァイだ。


どうしてこんなところへ?何の用だ?そ、それよりこんなところでバレたら困る。妹には仕事で定期的に地上へ行っていると言ってあるのに、まさか盗みをしていたなんてことがバレたら…。いや、それだけではない。ここでリヴァイが私に気付けば奴は私を拘束するだろう。妹の前で。そうすれば私は牢屋行きだ。この子はどうなるんだ?まだ入所の手続きを終えていない。と言うかまだお金は全額溜まっていない。明日からこの子はどうやって生きて行くんだ…。


頭はフル回転しているくせに、体は言うことを聞かなかった。先ほど席を立った職員、積み木で遊んでいる子供、別の職員から何かの説明を受けているリヴァイ、そしてその隣に立つ金髪の少女…今私を取り巻いている全てが、スローモーションのようにひどくゆっくりと時を刻む。


「あちらの方も、これから入所を考えられているんです。何かの参考になるかも知れませんし、お話されてみますか?」


すると、リヴァイと話し込んでいた職員が私に目を向けた。リヴァイと、それから隣に立つ少女が私の方を向く。運は味方をしてくれないらしい。今ほど、因果応報という言葉が相応しい場面はないだろう。


「ナマエさん、こちら調査兵団兵士長のリヴァイさんに、先日女王になられたヒストリアさん。王家の新しい方針で、子供たちのお世話に力を入れられるそうで、その視察に来られたんです。」
「そ、そうですか…。」


どうも、と軽く頭を下げたっきり、私は奴と目を合わせることが出来なかった。職員の言葉も、半分以上理解出来ずに右から左へと消えていく。ど、どうすればいい…。どう考えてもこの場を打開出来る策が思いつかない。そんな私の様子を不思議に思ったのか、アンが「おねーちゃん、おねーちゃん」と繋いでいた手をきつく握る。


「お名前は、なんて言うの?」


子供でも感じる不穏な空気を破ったのは、ヒストリアと呼ばれた女王だった。アンが不安そうに彼女を見上げる。この子のことも新聞に載っていた。確か元調査兵だったはずだ。リヴァイと共にここへ訪れた理由に合点がつく。


「………アン。」
「そう、アンちゃんって言うの。可愛い名前ね。ちょっとだけ、私とお絵かきでもして遊ばない?」


そう言って手を差し伸べたヒストリアに、私の方を少し見ながら恐る恐る手を重ねる。そんなアンにヒストリアも私の方を向き、会釈をしながら少し離れたテーブルにアンを連れて行った。職員も「それではごゆっくり。」と訳のわからない言葉を呟いてこの場を去る。残されたリヴァイに、私はまだ視線を向けることが出来なかった。


「昨日は盗み、今日は孤児院の見学…随分忙しい奴だな。」


そんな私にリヴァイが放った第一声はこれだった。私も、なるべく平静を保ちながら答える。


「それはこっちの台詞だ。昨日は憲兵の手伝い、今日は女王の付き添い…調査兵の仕事はどうした?兵士長と言う役職は名ばかりか?」
「大きなお世話だ。…あいつはお前の妹か?」
「だったら何だ。お前に関係ない。」
「いや、大アリだ。俺たちは今、地下街含め壁の端から端まで孤児や貧困の子供たちを洗いざらい調査している。アンなんて名前はそこにはなかったはずだが。」
「当たり前だろう。無戸籍なんだから。」
「なんだと?どういうことだ?」
「これ以上は言えない。言う義理もない。」


そう言ってこの場を去ろうとすると、奴に腕を掴まれた。力強く掴まれたそこからギシギシと骨のきしむ音が聞こえる。


「っ……離せっ、このっ!」
「それがお前が盗みをする理由か?訳を説明しないのなら今すぐここでお前を捕らえる。妹にはどう説明する気だ?」
「……クソッ。」


しばらく考え込んだあと、観念したようにその場に留まると、それを見たリヴァイも私の腕を掴んだ力を緩めた。ヒストリアと楽しそうに遊ぶアンを見ながら、「場所を変えるぞ。」と呟いたリヴァイの後に続く。拘束は免れたものの、とんでもないことになってしまった。



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