kuzu
ルドベキア
01

「居たぞ!追えっ!」
「逃がすかこの泥棒猫が!」


回を重ねるごとに増えている追手の憲兵に、またあいつだ、と騒ぎ立てる町人。その中を立体起動で潜り抜ける。ガスを吹かし上昇すると憲兵は米粒ほどに小さくなった。訓練兵を上位で卒業した者しか憲兵になれないと聞いたが、あれがそうなのか…?巨人にマリアを奪われて早五年、次に狙われる可能性が最も高い最南端・トロスト区であるこの街も随分平和ボケしてしまったものだ。


ある程度撒いたところで屋根の上に降り立つ。ここまで来れば、さすがに追ってくる者はもう居ないだろう。この立体起動装置もガスも、盗品でありあまり無駄には出来ない。ここからは屋根伝いを歩きしばらくしてから地上に降りるか。そう思い人目を気にしながら歩いていると目の前に小さな人影が見えた。


「手に負えねぇ盗っ人が居ると聞いて来たが…このクソガキがそれか?お前ら、そろそろ勤務中に酒を飲むのを辞めたらどうだ。」


その声に地上からは"グダグダ言ってねぇでさっさと片付けてくれ!"と先ほどの追手と同じ声が続いた。……嵌められた。深追いして来なかったのはこいつが先回りしていたからで、私を挟み撃ちにする気だったのだ。気付けば周囲を憲兵に囲まれてしまい、私は絶体絶命の窮地に陥ってしまった。後方、そして左右にはまだ屋根には登ってきていないものの大勢の憲兵。しかし、前方にはこの小さな兵士のみ。突破口は、ここしかない。奴の存在を無視するように前進する私に、奴は切れ長の目で私を睨みつけ薄い唇にニヒルな笑みを浮かべた。


「…ほう。いい度胸だな。」


奴はそう言って私にブレードを構える。その顔に見覚えがあり、私は思わず目を見開いた。つい今朝、新聞で見たばかりだ。


調査兵団兵士長・リヴァイ。確か、そんな名前だった気がする。一人で一個旅団並みの実力があり人類最強の兵士、とも謳われていた。何故、調査兵が憲兵の仕事に協力しているのかはさて置き、厄介な奴が出てきてしまった。さて、どう切り抜けるか。


歩き出した足の速度を早め駆け出すと、リヴァイもこちらへ向かって走ってきた。そして、互いがぶつかる寸前にアンカーを手頃なところへ放出し別の屋根へ飛び乗る。どうせマトモに戦ったってやり合えない。こいつはいつも巨人相手に戦っているのだ。私を捕まえることなんか、赤子の首を捻るより簡単だろう。ならば逃げるが勝ちだ。幸い、私を囲っている憲兵はまだ全員地上にいる。今ならまだ切り抜ける。


リヴァイの方へ顔を向けたまま別の方向へアンカーを撃ったため、予想外だったであろう私の行動に憲兵はもちろん、リヴァイでさえも咄嗟に対応出来なかった。私は奴らを置き去りにどんどん進んでいく。


「そんなもんで俺を撒けるとでも?」


しかしそこは人類最強、と言うべきか。リヴァイに真っ向から勝負すると見せかけた私のフェイントはまんまと奴に見破られた。いや、見破りはしなかったもののその実力でついてきたのかもしれない。どちらにせよ、奴はピッタリと私の後ろに張り付き、隙あらば拘束すると言わんばかりに私の一挙一動から目を離さなかった。顔を見られないようにフードを被り視界が狭い分、私の方が不利だ。


「今朝の新聞に、お前のことが載っていた。人類最強と聞いてどんな大男かと想像していたが、まさかこんなチビだとはな。巨人ってのは言葉通りとてつもなくデカいもんだと思っていたが、お前が兵士長になれる位なら対したことないんじゃないか?」


大抵の人間は挑発するとそれに乗る。相手のこともよく見ないまま、自分の実力も分からないままに、隙だらけにこちらへ向かってくる。その意表を突くのは驚くほど簡単だ。しかしこの男は私のそれには一切動じず代わりに静かに口を開いた。


「度胸が良いのは認めてやる。しかし遊びはもう終いだ。」


そう言い、私が思わず後方にいる奴に目を向けた途端、一気に私の前へ躍り出た。そして、私の首筋にブレードを当てる。思わず腕でガードしようとするが、それすらも悟られ私の両腕を片腕で拘束した。力の限り抵抗しても、奴はビクともしない。


「てめぇを削ぐのは、巨人を削ぐより容易いな。」


そう言って、リヴァイはフッと口角を上げた。奴の無駄一つない動きに、私はぐうの音も出なかった。こいつは、憲兵とは違う。今までの相手とはまるでレベルが違う。


「まずはてめぇのその面を拝んでやる。」


リヴァイはそう言って、私の両腕を拘束していた左手を離し、バッと乱暴に私の頭からフードを振り払った。今まで熱気の篭っていたそこに、外のひんやりとした空気が触れる。


「てめぇ、」


私の顔を見るなり、リヴァイは僅かにその切れ長の目を見開き驚いたような表情を見せた。奴の動きが一瞬止まったその隙に、一歩踏み出しアンカーを放出する。リヴァイはもう、追ってこなかった。



***



化けの皮を剥がしてやる、そんなつもりで奴のフードを脱がせるとまだ幼さの残るあどけない少女の顔立ちに思わず目を奪われてしまった。これじゃあ本当に"クソガキ"じゃねぇーか、と先ほどの自分の言葉を思い出す。低く冷たいトーンではあったが、その独特な声色にまさか女なのかと思ったがそのまさかだった。


『ここ一年ほど、週に何度も盗みを働く泥棒猫がいる。憲兵が何人束になっても敵わない。ここは一つ、人類最強の力をあやかりたい。礼として調査兵団の運営資金の援助をする。』


そう言われここへやって来たものの、何も"人類最強"がチビなことに失望したのはてめぇだけじゃねぇ。俺だって、"憲兵が何人束になっても敵わない泥棒猫"と聞いてとんでもなくガタイのいい大男だと思った。それがなんだ。こんなクソガキ、しかも女相手に憲兵は一年も手間取っていると言うのか?奴の顔をよく見ようと覗き込む。


まるで陽に当たったことがないんじゃないかと思わせるほど、病的に白いその肌には、奴の身に纏う黒装束がよく映えた。そして吸い込まれそうな真っ黒な大きな瞳で、俺のことをギロリと睨みつける。その目には生きる希望だとか喜びだとか、そういったものが一切感じられない。生ける屍って、こういうことを言うんだろう。


俺がそんなことを考えている間に、奴は一歩踏み出しトリガーに手をかけた。動かない俺を見て、今なら逃げられると判断したのか。脱がせたフードを掴み横転させれば、こんなクソガキすぐに拘束出来る。頭では段取りがハッキリと浮かび上がったのに、俺は尚も動くことができなかった。そうこうしている間に奴は遥か彼方へと立体起動で飛んで行く。夕陽の中に溶け込む姿を見つめていると、地上から罵声が飛んできた。


「おいリヴァイ!ここまで追い込んどいて何逃がしてんだ!!」
「逃がしたんじゃねぇ。一先ず泳がせておいて盗品の流通を探る。そこから炙り出した方が罪人の数が増えて、肥えた豚共も喜ぶだろう。」
「なっ、おい、口を慎め!」
「それより、俺は奴の顔を見たぞ。早く絵師を呼んでこい。」


そう言うと俺は立体起動で地上に降り立った。奴の正体に驚いたこともさることながら、立体起動の腕前や冷静な判断力には目を見張るものがあった。一体どこで培ったと言うのだろうか。そして、あの生気のない顔…。何故、犯罪に手を染めているのか。次々と生まれる疑問に、答えは一つも出てこない。厄介な頼まれごとをしたと思っていたが、気付けば奴は俺の心を支配していた。





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