kuzu
ルドベキア
15

誰も、言葉を発さない。ジャンとヒストリア、そらからリヴァイはジッと私を見つめ、言葉を待っているようだった。アンだけは話について行けず、先ほどヒストリアから『その花は大きすぎるから冠には出来ない』、と言われたそれを手持ち無沙汰に眺めている。


「ねぇー、どうしてこれはかんむりに出来ないの?」


この重い雰囲気に耐えれなかったのか、アンがそう口にすると、尋ねられたヒストリアは少し困ったように口を開いた。


「それはね、花が大きいから冠にしたら頭から落ちちゃうよ?」
「じゃあお姉ちゃんにあげるー!」


アンはそう言って、持っていたその花を真っ直ぐに私へと差し出した。受け取ると眩しいくらいに黄色く、大きなその花に思わず笑みが零れる。


「これは…?」
「ルドベキア、って言う花です。大きくて綺麗で、アンちゃんそれがお気に入りみたいです。」


汚れの知らない、その花はまるで太陽のように明るくて。アンから受け取ったそれはまるでアン自身を体現しているようだった。


「花言葉は…確か、"正義"・"公平"…それから、"正しい選択"。まるで、今のナマエさんにぴったりですね。」


ふふふ、と控えめに笑ったヒストリアの顔を見る。


「難しく考えるな。答えはもう、お前の中で決まっているはずだ。」


しばらく黙り込む私に、リヴァイはいつもと変わらないトーンでこう言った。……単純に、シンプルに、どうしたいかは確かに私の中にある。しかし問題は、それが出来るかどうかだ。…いや、出来るかどうかじゃない。やるんだ。やるしかない。きっとこれが、私にとって、"正しい選択"なのだから。


「アンの幸せが私の幸せだ。アンが今すぐここで幸せに暮らせると言うのなら、私は何だってなろう。……調査兵にだって。」


そう真っ直ぐに奴を見ながら答える。すると、リヴァイの口角が僅かに上がり今までに見たことのない表情を見せた。それに、心を鷲掴みにされたような感覚に陥る。


「決まりだな。お前を、正式に調査兵団の団員として迎え入れる、ナマエよ。」


奴はそう言って、見学に来た時にばったりここで出くわした時のように、握手を求め手を差し出して来た。あの時言われた、『お前とは長い付き合いになりそうだ』と言う言葉が何故だか私の中で蘇った。



***



「オイ、いつまで用意に手間取ってる。さっさとしろ。」


昨日越してきたばかりの、まだ慣れない空間でおろしたての洋服に袖を通し、ジャケットを羽織ると余りにもそれらが似合わないので、思わず脱ぎ捨てたくなる衝動に駆られる。胸の刺繍が鏡越しに目に入り、調査兵団本部を訪れジャンのそれを見たときのことをふと思い出した。まさかあれから1週間も経たない内に、自分もそれを着ることになるなんて誰が想像出来ただろう。


アンをあの孤児院で発見し、調査兵になる決心をしたあの日から、5日ほどが経った。アンを孤児院へ入所させる手続き、自分が調査兵になる手続き、それから地上へと越してくる段取りに随分と手間がかかってしまった。今日が、私にとって新しい人生が始まる最初の日だ。何だか照れくさい表情をしている鏡の中の自分の肩越しに、リヴァイが映った。あろうことか、許可も取らずに人の部屋へズカズカと入り込む。


「ビックリするくらい似合わねぇーな。」


そんな私を見て、いつもの低い声でこう言う。憎まれ口を叩きつつも、初日の私をこうして部屋まで迎えに来てくれる辺り、コイツは本当は良い奴なんだろう。最も、憲兵に何度も捕まりかけた私をその度に助けてくれた一件から、それはもう確認済みだ。暗闇の中にいた私を救ってくれた。この人になら、ついていける。


「何考えてやがる。」
「別に。」


そんなことを奴の顔を見つめながら考えていると、訝しげな目を向けられた。リヴァイには本当はすごく感謝しているし、尊敬もしている…が、今まで人に頼らず生きてきた性分故か、それを言葉や行動に表すことが出来なかった。……それだけじゃない。実は少し前から、私は今までに感じたことのない気持ちが胸の中でムクムクと大きくなるのを自覚していた。いや、そんなわけ、あるはずない。よりによって何でコイツなんだ…!そう思えば思うほど、この気持ちは自分の意思とは裏腹に成長していく。


「…もう、すっかり消えたな。」


私が勝手に自分の中で葛藤を繰り広げていると、リヴァイはそう言って私の首筋に触れた。途端、そこが急に熱を帯び始め全神経が触れられた部分に集中する。


「な、何が…、」


突然のことに話が見えずキッと睨むと、私の反応を楽しむようにリヴァイが耳元で口を開いた。いつもの低い声が頭の中で響く。


「"手錠の代わり"、だ…。忘れたのか?"いつか本物をお前の両腕に嵌めてやる"と言っただろう。」


ズリズリといつの間にやら壁に追いやられ、身動きの出来なくなった私はリヴァイを見つめることしかできない。対して身長差のないと思っていたこのチビが、今は何故だかとてつもなく大きく見える。


「そ、それももう今となっては不可能だな…。」


必死に奴のペースに巻き込まれまい、と虚勢を張って言い切ると、奴は意外にも私の言葉に納得したように頷いた。


「ああ。確かにそうだな。だが、俺以外の奴に捕まえられるのは今でも癪だ。今度は当分消えないようにしっかり付けておくか?」


……はぁ?私が泥棒猫を辞めた以上、捕まる道理が見当たらない。しばらく盗みをしていないせいか、鈍ったようにしか動かない思考を働かせている間、リヴァイは私の首筋に顔を疼くめた。再び熱を帯び始めたそこに慌てて奴を押し返す。


「なっ、何しやがる……!こんなとこ、見えるだろうが!」


そう言い返すと、奴はニヤリと笑いこう言った。


「ほう。見えないところなら良いのか?」


そう言って第二ボタンまで開けていたシャツを捲り、デコルテ辺りに再び顔を埋めたリヴァイの頭を押さえる。


「そ、そういう意味じゃ…!」
「なら、ここにしとくか。」


そう言って顔を近付けるリヴァイに、咄嗟のことで対応出来ず一瞬唇に触れたそれに、頭がフリーズして動けなくなる。


「なっ……!」


人の了承も得ず、勝手に行為を済ませたリヴァイはスッと私に背を向けスタスタと部屋の扉へと向かった。


「早くしろ。初日から遅刻なんかしやがったら地下に送り返すぞ。」


そう言って退室するリヴァイに、唇を押さえながら早足で続く。


ムクムクと大きくなる気持ちに、まだ名前を付けることは出来ないが、真っ暗闇の中に居た私を救ってくれたのは紛れもなくリヴァイだ。まだ生活感のない、真っ白な空間を見つめる。ここから、新たな生活が始まる。これから出会う仲間や経験で色んな色に染まっていくだろう。


ただ一つ、この空間で既に色付いているものは、あの日アンがくれた一輪のルドベキア。



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