kuzu
ルドベキア
14

「調査兵になれ、ナマエよ。」


私の決心した様子を見て、リヴァイはゴクリと生唾を飲み、覚悟したようにハッキリとした口調でこう言った。リヴァイの口から放たれた言葉がグルグルと頭を巡る。パクパクと言葉にならない言葉を必死で繋いで、ようやく口に出たのはため息にも近いものだった。


「………はぁ?」


相当間抜けな面をしていたのか、そんな様子を見たリヴァイがフッと笑ったような表情を見せた。


「調査兵団に入れと言っている。お前が入団すれば民に命を捧げた兵士の家族として、アンは孤児院で優遇される。金の問題も給料から差し引けばいい。俺が取り合ってやる。調査兵団本部に住み、地下から引っ越せば休日にはアンに会いに行ける。お前にとっては願っても見ない好機なはずだ。」
「そっ、そんな……こと……」


考えもしなかったことを提案され、ひどく頭が混乱する。そうでなくても、昨日麻酔銃で眠らされてから一睡もせずに走り回って疲れきっている。こんな頭では正常な判断が下せないばかりか、リヴァイの言ってることが自分の解釈で合っているのかどうかすら怪しい。私に調査兵になれ、だと……?そんなこと………、


「…待て。兵士になるには3年間訓練兵になる必要があると聞いたぞ。いきなり調査兵にはなれない。」
「よく知っているな。通常はそうだが特例もある。かく言う俺も訓練兵にはならず直接調査兵になった。お前の立体起動の技術はハッキリ言って訓練兵を卒業した並の兵士以上だ。憲兵もお前に追いつけなかっただろ。お前なら、今からでも調査兵になれる。」
「……………。」


調査兵になるプロセスはさておき、リヴァイが何故訓練兵をすっ飛ばして兵士になれたのかも気になるところだったが、私はいきなり降って湧いたこの選択肢にただひたすら戸惑っていた。ここ一年、泥棒猫と呼ばれ盗みを生業としていた私が国に仕える兵士になる…?


そうなれる自信など、もちろんなかった。確かに立体起動は嫌いじゃないし、それに特化しているはずの憲兵を出し抜いては、いつも鼻で笑っていた。しかし兵士になる為にはそれが出来るだけではいけないはずだ。だけど私が調査兵になることで、アンが孤児院で幸せな暮らしが出来るとしたら…?今までの目標が消えて、意気消沈していた私にとって、確かにリヴァイの提案はコイツの言う通り、願っても見ない好機そのものであった。


「はい、どうぞ。花冠よ。…あ、その花は大きすぎるから、いくらお姉ちゃん用でも冠には使えないわ。」


すると、ヒストリアから何かを教わっていた様子のアンが頭に何かを冠ったまま再びこちらへやって来た。


「見てーこれ!作ってもらったの!アン、お姫様みたい?」


そう言って頭に冠を乗せたまま、泥だらけでボロボロになった雑巾のようなワンピースの裾を両手で持ち、文字通り姫のようなお辞儀をした。何とも不似合いなその格好に、今までグルグルと頭を支配していた悩み事が吹き飛ぶ。


「はなかんむり、って言うんだよ!」
「ハナ……かんむり、?」


聞き慣れない言葉をリピートする。かんむり、と言う言葉はもちろん知っている。アンもそう言っているように、姫や女王が冠るアレだ。ただ、ハナと言うものを私は知らない。


「あ、やっぱりお姉さんも知らないんですね!この辺じゃそこらじゅうに咲いてるのに、アンちゃんったら花のことを知らないなんて驚きました。」


そう言われ、辺りを見渡すとそれまではそんなところまで見る余裕すらなかったが、白や黄色など大小様々な形をしたそれが陽に向かって顔を上げている。そんな会話を不思議に思ったのか、ヒストリアの隣で"花冠"とやらを見よう見まねで作ろうと指を不器用に動かしていたジャンもこちらを見た。


「地下に花は咲かない。あったとしても、それは地上から商品用に運ばれたものだけだ。富裕層の人間だけが手にすることが出来る代物、こいつらがその存在すら知らないのも納得だな。」
「兵長、地下事情に随分詳しいですね。」


ジャンが何気なくそう言えば、リヴァイが返事をした。


「ああ。俺も地下街出身だからな。」


その言葉に、驚いて顔を上げる。


「お前も、地下に住んでいたのか……!?」
「そうだ。お前と同じように、人には言えないようなこともたくさんしてきた。今まで何度も言っただろう。『お前は俺に似ている』と。」


ここまで言い終えると、リヴァイは一拍置いてアンに視線を向けていたその目を再び私の方へと戻した。


「地上には地下にないものがたくさんある。そして、壁外にはそれ以上に未知の世界が広がっている。……選べ、ナマエよ。調査兵になり自由を手にするか、一生薄暗い地下に閉じこもり今までの生活を死ぬまで続けるか。」


一同を包むように、柔らかな風が吹いた。辺り一面に咲いている花と、調査兵団本部を訪れてから着たままだった深緑のマントが、ゆらゆらと私に選択を急かすように揺れた。




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