kuzu
ルドベキア
13

「ナマエねぇーーちゃんっっ!!!」


聞き慣れた声でそう呼ばれるのが耳に響いて、私は思わず疲弊し切って幻聴でも聞こえたのかと思った。続いて泥だらけのアンが視界に飛び込んできて、夢でも見ているのではないかと思った。しかしこれは、紛れもない現実だ。そう気付かされたのは背後から聞こえたいつもの声。


「オイ、とっとと行け。」


ポンッと背中を後ろから押され、ストンと馬から着地する。するとアンが走ってやって来て、ぎゅうう、と抱きしめられた。抱きしめ返す余裕もなく、ただ私は飛びついてきたアンを見つめる。


「ど、どうやってここまで……?」
「アンちゃん、お姉ちゃんは仕事で忙しいから家からここまで一人で通わないと行けないと思って、前回来た時に必死で道を覚えていたみたいですよ。すごいですよね、子供って。」


アンの後ろから聞き覚えのある声が聞こえ、頭を上げるといつかにリヴァイの横に並んでいた金髪の少女が目に入った。自分が調査兵団本部に入る際に、門兵に口にしたヒストリアと呼ばれていた子だ。


「ガキ一人がこんなとこまで来やがるなんて、考えらんねぇーよ。」


そうヒストリアの横で呟いたのは、確かジャンと呼ばれていた門兵だ。彼らがアンを見つけ、保護してくれたのだろうか。


「アンちゃん、私たちがここに来た時にはもう既に居て裏庭で遊んでたんですよ。普段使われていない場所みたいで、職員は気付いていなかったみたいですけど…。」


そう言うと、ヒストリアはアンに向かって微笑んだ。それに応えるように、アンは私から離れヒストリアへ向かう。アンの顔に付いた泥を拭うようにして、ヒストリアが続けた。


「『お姉ちゃんなら必ずここに来るから、それまで待ってる。』って動かなくて…。だから今まで3人で遊んでたんだよねー?」


そう言うとアンは元気よく頷いた。続いて「お兄ちゃん!高い高いもっかい!」と言うとジャンがあからさまに嫌そうな顔をしながらアンを抱き上げる。そんな光景を見ながら、私はこの1日の緊張が解けたようにその場にヘナヘナと座り込んだ。


「やはりこの孤児院に居たか。」


すると、そんな私の横に馬から降りたリヴァイが並んだ。私を立たせるように手を差し伸べてきたため、それに甘える。


「…もう、ここには入れないのにな…。」


そう呟くと、それがより現実味を増して私の胸に響いたためかすぅっと涙が頬を伝った。……そうだ。もう、アンをここへは入れてやれない。アンにそう伝えると、どんな反応をするだろうか。孤児院を全寮制の学校だと伝え見学に来たあの日、初めてあんなにキラキラと輝いた目をしたアンを見た。前の日から興奮していて、道中はいつも以上にお喋りだったと言うのに、加えて必死に道のりも覚えていたと言うのか。アンの健気さに応えてやれない自分の無力さが、悔しくて悔しくて堪らない。目から大粒の涙がボロボロと溢れ出てきて、人前だと言うのに止めることも出来ない。


「…お前、これからどうするつもりだ。」


そんな私の様子に見て見ぬフリをしながらリヴァイが言った。きっと、コイツは気付いているんだろう。まだ数回しか会ったことがないと言うのに、私の性格をキチンと理解していて、慰められるのを望んでいないことを。その上で、あえて気付かないフリをしてくれているんだ。ここまで私のことを分かってくれているのは、幾度となく言われた「お前は俺に似ている」と言う言葉と何か関係があるのだろうか。


「……何も変わらない。地下へ戻って今までと同じ生活だ。何年かかるか分からないが、また一からやり直す…。アンには申し訳ないがもう少しだけ、」
「俺に、考えがある。」


自分から尋ねたくせに、リヴァイは私の言葉を遮った。……『俺に考えがある』…?黙って顔を見上げた私に、リヴァイが見つめ返す。切れ長の鋭い目には、涙でぐちゃぐちゃになった自分の顔が映っていた。


「俺の言う通りに動けば、アンは明日にでも孤児院に入れる。お前も、もう盗みをしなくていい。地上で暮らせる。オマケにアンにもいつでも会える。」


リヴァイの言っていることを理解するのに、随分と時間がかかった。ジャンに今度は肩車をしてもらっているアンの、はしゃいでいる声が耳に届く。……そんなこと、あり得るのか?いや、そんな方法があるのならもうとっくの昔にやっている。それが出来ないから仕方なく今までの暮らしをしてきたのだ。


「……そんな方法、あるわけないだろ。冗談はよせ。」
「お前がそう思うなら、それでいい。この話はなしだ。しかしお前が俺を信じ、その通りに従うと言うのなら俺も力を貸そう。一度泥棒猫を誤認逮捕したと思っている憲兵は、今以上にお前を捕まえるのに躍起になる。もう簡単にはいかねぇぞ。」


とんでもない冗談のあとに、まともなことを言ったリヴァイは私を真っ直ぐ見た。……嘘をついているようには見えない。もっとも、コイツがこんな状況にくだらないことを言う奴ではない。……リヴァイを信じる…?


その鋭い視線に耐えきれなくなり、アンの方を見る。ヒストリアに何かを教わっているような様子を見て、私は決心した。


「…お前を信じよう、リヴァイ。」



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