kuzu
ルドベキア
12

「まずは落ち着け。お前らしくないぞ。話はそれからだ。」


伝言を預けた門兵が去っていく背中を見つめてから、リヴァイは私を部屋へ招き入れ、コップ一杯の水を差し出しこう言った。素直にそれを受け取り飲み干すと、丸一日食事は疎か水分さえ摂っていなかったことに気付く。私は思っていた以上に取り乱していたようだ。アンを1秒でも早く見つけ出すためにも、リヴァイの言う通り気を静めなければならない。


返事の代わりに空になったコップを返し深呼吸をすると、そんな私を見てリヴァイは安心したように続けた。


「とりあえず、ジャン…あの門兵にこのことをヒストリアへ伝言させた。あいつのことだ、血相を変えて探しに行くはずだ。アンのことを気にしていたからな。」
「……どういうことだ?」
「孤児院の職員から、全額支払われていないからアンが入所出来ないと聞いてそこをどうにかならないのかと直談判していた。そのアンが居なくなったと分かれば居ても立っても居られないだろう。それから、あの門兵も馬鹿じゃない。全て言わずとも何をすべきか判断するだろう。人手は多い方がいい。」
「でもっ……!」


何も考えずに口を突いた言葉は、その後をどう紡いだら良いか分からず風に溶けていった。私が取り乱したあの一瞬で全てを理解し、段取りをつけたと言うのか…?壁外調査後の私の一件で疲れ切っているはずなのに、如何なる時もこの冷静な判断が出来るのが兵士長と呼ばれる所以か。奴はすっかり落ち着いた私を見て、身支度を中断した手を再び動かした。


「俺たちもアンを探しに行くぞ。時間が経てば経つほど見つけるのは困難になる。日が暮れるまでがタイムリミットだと思え。」


何時になく真剣な顔をしたリヴァイに、私は深く頷いた。



***


「馬に乗れるか?」そう聞いたリヴァイに素直に首を横に振ると、奴は私を自分の前に乗せて馬の手綱を握った。地上では兵士や貴族が馬車として乗りこなすそれだが、地下では地上以上に高価で貴重なものだった。そんな地下に住む、一般家庭よりも貧困である私が馬に乗れるわけがない。生まれて初めて乗るそれに少しの居心地の悪さを感じたのは、すぐ真後ろに感じるリヴァイの温もりも相まっているからだろう。


「…チッ。さすがこそ泥の妹だな。ここまで探しても見当たらねぇーとは…。」


沈みかけている夕陽を見ながら、リヴァイが焦ったように額に浮かぶ大粒の汗を拭った。


公園と呼ばれる地下にはない子供向けの遊具がある広場、大型商店、焼き菓子の甘い匂いが漂う洋菓子屋……5歳のアンにとって魅力的であろうところは全て回った。しかしその小さな姿はどこにもない。私達がそうであるのと同様に、きっとアンも体力の限界はとうに来ているはずだ。今頃、自分がどこにいるのか分からず不安で泣いているかも知れない。


「…オイ、ガキの行動範囲で動ける場所はもう洗いざらい回ったぞ。…どこか、他に心当たりのある場所はねぇーのか?」


奴が苛立ちを隠せないように、鋭い声を私に発した。心当たりのある場所……がない、わけではない。しかしそこはここから、すなわち地下へと続く扉から随分と離れた場所にある上、アンは一度しか訪れたことがないため、到底自力でたどり着けないだろうと踏んでいた。しかし、…そこがどうしても行きたい場所だったら?…姉である私が、口を開けば言っていた、目標であり夢であり、全て、だとしたら…?


「ひ、一つだけ……ある。」


震える声を出しきると、リヴァイが後ろから私の顔を覗き込んだ。頬と頬がくっつきそうなほどの距離だが、今はそんなことすら気にしている余裕はない。そう言えば、以前首筋に"手錠の代わり"とやらをつけられた時もこんな感じだった。思えばあの時から、私はリヴァイに助けられてばかりだったし、心の何処かではこの人なら地下のような真っ暗闇にいる私を救ってくれると思っていたのかも知れない。


「奇遇だな。俺も同じ場所を考えていた。しかしお前も分かっている通り、ここからだいぶ距離がある。到着する頃には日も暮れているだろう。そこに居なかった場合……、」


ここまで言葉を言うと、リヴァイは息を飲んだ。"そこに居なかった場合"……?そんなの、考えたくもない。私の顔を見て何かを察したのか、リヴァイは最後まで言葉を言い終わらせずに黙って私の頭を撫でた。それから、子供に言い聞かせるように、「俺とお前は似ている。」ともう何度聞いたか分からない言葉を呟く。どれだけ聞いたって腑に落ちないその言葉は、もうほとんど沈んでしまっている夕陽と共に消えていった。




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