kuzu
ルドベキア
10

「アンーーーっ!!」


叫び続けて声が枯れてきたが、私はそれでもアンの名を呼び続けた。


アンが居なくなった。


最初は、中々帰ってこない私に拗ねてどこかに隠れているんだろうと思った。それが、家中のどこを探しても見当たらない。家の周りも何度も見たし、普段付き合いのない隣人にまで尋ねてみたが見つからなかった。事の重大さを理解した私は地下街の端から端までを走り回って捜索したが、それでもアンの姿はどこにも見当たらない。


昨日、私が地上へ降り立ったのは昼前。その時のアンはいつもと変わらなかった。そう遅くならない、とだけ伝えて家を出て、地上へ行き、調査兵団が壁外調査へ出ると知ったのが昼過ぎ。リヴァイとも一言二言交わして、スリをしようとしたが憲兵に捕まって、随分あの麻酔銃で眠らされていたと思う。リヴァイに助けられ、解放された時にはもう辺りは真っ暗だった。そして、日付もとうに過ぎた頃に家に帰ってきた。そう遅くならない、と言ったが、私は丸一日家を空けてしまったのだ。その間に、アンが……。


また、父がやって来て今度はアンを攫ったのだろうか。いや、元々父は私たち子供に興味はなさそうだったし、その気なら前回金を奪った時に一緒に攫っていただろう。金に困っている人間が、金のかかる子供を連れ去るとは思えない。それじゃあ、空き巣にでも入られて誘拐されたのだろうか。アンには日頃、一人で外には出るなとキツく言ってあったが、私の帰りが遅いのを心配して出かけてしまったのかもしれない。そこを、売人にでも見つかっていたら………。


走り回って叫び続けて、もう体はとっくの昔に限界を越えていた。それでも私は、もう何周もした地下街をまた捜索する。朝になったって辺りが明るくなることはないので分からないが、ポツポツと家々からは人が起き始めた気配がする。紅茶を沸かすいい匂いが立ち込めてきたが、いつもはホッとするその匂いも、今は時間の経過を知らせる残酷なものでしかなかった。


一体、どこへ行ってしまったと言うのか。もちろんアンにはお金を持たせていなかったし、1日と言う時間でも5歳の子供の行動範囲には限度がある。そう遠くへは行っていないはずだ。なのに、何故見つからない。アンが居なくなってしまえば、もう私はどうすればいいか分からない。


「すみません、この辺で小さな女の子を見かけませんでしたか?背はこの位で、5歳なんですけど…、」


仕事へ行く途中らしき通行人に声をかけ、自分の腰辺りを指しアンの特徴を伝える。するとそいつは、私の声に立ち止まりはしたものの、ニタァと薄ら笑いを浮かべただけで返事を返すことはなかった。その表情に悪寒が走り、苛立ちを覚える。もし、アンが一人で地下街を歩いていたとすれば、それはもうどこかへ連れて行ってくださいと言っているようなものだ。地下は地上よりも治安が悪い。加えて、人身売買をしている輩もいると聞く。特に子供は高く売れると聞いて、アンを一人で外出させないようにしていたのに、もしそんなことになっていたら……。


苛立ちを隠すように爪を噛むと、ガリッと口の中に鉄の味が広がった。痛みに顔をしかめ、ふと見上げると地上へと続く扉が視界に入る。


「……ま、まさかな…。」


一つの考えが浮かび、振り切るように首を振る。ここまで地下を探しても見当たらないと言うことは、もう地下には居ないんじゃないかと思った。そうなると残るは地上だ。しかし、5歳のアンが厳しい警備を潜り抜け地上へ出られるとは思えない。だけどアンは一度、孤児院の見学のために私と地上へ出ている……。


もし。もし、アンが一人で地上へ出たとしていたら。それはもう私の力だけでは探し出すことは出来ないだろう。だけど、私には頼るあてもない。こうして地上でも手当たり次第に探すことしか出来ない。しかしそうこうする内に時間は刻一刻と進んでいく……。


いや、頼るあてなら一つだけある。たった一人だけ、私のことを放っておけないと言ってくれた人がいる。心に奴の顔が浮かんだ瞬間、今までの苛立ちがすぅっと晴れた気がした。


一旦家に帰り、急いで地上へ出る支度をする。最後にマントを羽織ろうと、いつもの黒いそれを手にした瞬間、その隣にしまってあった深緑のものに目が止まる。これはいつか、巨人に喰われそうになったところを助けてもらった時に、リヴァイから譲り受けたものだ。きっと、今の私にはこっちの方が必要なんだろう。自由の翼を背中につけ、私は地上へと急いだ。



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