kuzu
ルドベキア
09

「俺以外の奴には捕まるなと言ったはずだが。何くだらねぇとこでヘタこいてやがる。」
「……………。」
「そもそも、スリってなんだ。今までそんなことしてなかっただろう。そんな端た金、幾ら稼いだところで何の足しにもならねぇはずだ。どういう風の吹き回しだ?」
「……………。」
「オイ、何か喋れよクソ野郎。俺だけベラベラ喋って馬鹿みてぇじゃねぇーか。」
「馬鹿みたい、じゃなくて馬鹿なんだよ。このクソ野郎。」


返答を求められたのでそう返すと、リヴァイは元々眉間に寄せていた皺を更に深くさせた。先ほどまで居た数人の兵(そうだろうと思っていたが、胸の紋章から憲兵だったことが分かった)が立ち去ったあと、完全に足音が聞こえなくなってから奴は口を開いた。


「ほう、助けてやったのにその言い草か。今まで、死ぬほど暴言を吐いてきたが言い返して来たのはてめぇが初めてだ。その度胸は認めてやる。だがお望みなら今からお前を泥棒猫として突きつけてやってもいいんだぞ。」
「ああ、そうしてくれ。私はもう疲れた。危険を冒してまで犯罪に手を染めながらこれからも生活を続けるのなら、いっそ檻の中で生活した方がマシかも知れないな。」


私がそう言うとリヴァイは今度は顔をしかめた。忙しい奴だ。私の様子を確かめるように顔を覗き込んできたので、また先ほどのように俯く。


「今朝も言ったが、今日のお前何か可笑しいぞ。金に困り果ててとうとうクソでも食ったか?」
「"可笑しい"…?可笑しいのはそっちだろ、人類最強の兵士長さんよぉ。泥棒猫してる私が普通で、足を洗おうとしてる私が可笑しいって言いたいのか?私のことなんかこれっぽっちも知らないくせに、いつも知ったような口聞いて…肝心なところで捜査の手を緩めて、私を庇って…一体何がしたいんだよ。」
「だから言っただろう。"お前が俺に似ているから"だと。」


そう言うとリヴァイはフッと笑みを浮かべた。今までしかめっ面しか見ていなかったせいか、こう見ると随分整った顔をしているような気がする。年は…やはり兵士長と言う役職に就いているところを見ると、私より大分上なんだろう。ボーッとリヴァイの言葉を咀嚼出来ずにいると先ほどの台詞が頭に木霊した。そんなリヴァイと私が、似ている……?


「お前と私が似ているだと?冗談もほどほどに、」
「他人に噛み付いていくところ、人を寄せ付けない雰囲気、自分以外の誰も信頼していないところ、昔の俺にそっくりだ。恐ろしいくらいな。」


そう言うとリヴァイは先ほどの憲兵達が置いていった鍵の束から一つを取り出し、鍵穴へと差し込んだ。ガチャリ、と音がして扉が開き私に牢屋から出るように促す。


「……だから、放っておけないんだろうな。」


そう言った奴の横顔は、なんだかとても暖かいものに見えた。



***



まだキチンと覚醒しない頭を抱えながら、フラフラと地下への道を目指す。スリには失敗し、憲兵に捕まると言う失態まで犯してしまったが、私の懐の茶封筒には、スリで手に入ったであろう金額の何倍のものが仕舞われていた。"善良"な市民に麻酔銃を向けたことに対する口止料だ。しばらくはこれで暮らしていけるだろう。盗みやスリで得るお金よりよっぽど綺麗なものであるそれに、私は何故か納得がいかなかった。


私は一体、いつまでこんな生活を続けるのだろうか。アンの孤児院行きの資金集めをしている時は、それが達成出来ればこの生活も終えられると思っていた。しかし振り出しに戻ってしまった今、私は出口のない暗いトンネルに追いやられたような気分になった。


それでも、歩き続けなければならない。真っ暗闇の中でも、生きている限り大切な人を守る限り、歩を止めてはいけない。しかし、人は光なしに暗闇の中を歩き続けられるものなのだろうか。


地下へと戻り、帰路につく。昼夜問わずに薄暗いこの道も、今は目を瞑っていたって歩けるほどになった。慣れた手つきで鍵を開け扉を開く。正確な時間は分からないが、憲兵に捕まってしまったせいで随分長い時間家を空けてしまった。アンの起きている気配がしない。拗ねて眠りについたのだろうか。


しかし、アンの姿は硬いベッドの中にも汚い居間の中にも、どこにもなかった。




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