kuzu

Special story

ガトーショコラ


「なぁお前、お前は俺にチョコくれるよな?」
「明日はトラックが必要だな…。何故かって?持ち帰れないほどチョコもらうからに決まってんだろ!」
「俺はもう週末に歯医者を予約したぜ?毎年バレンタインのあとは虫歯がひどくてよ…。」



あぁ、救いようのないバカがいる。そしてそのバカを知らない内に目で追ってしまっている私は大バカ野郎だ。


…私はどうして、あんなお調子者のことが好きなんだろう。もう何度ついたか分からないため息をする。ジャンは一週間ほど前からソワソワし始め、ああしてクラスの女子に手当たり次第、"オレにチョコをくれ"アピールをしていた。それに、大半の女子は"はいはい"と興味のないように生返事をする。だけど、私は知っている。ああ見えてもジャンは意外とモテて、ジャンの"チョコくれよ"アピールに便乗して「しょうがないからあげるよ」とそれを理由にチョコをあげようと企む女子がたくさんいることを。


そして…、私もその中の一人だ。なのに、ジャンは何故か私には一切何も言ってこない。いつもは何かあれば私に一番にちょっかいをかけたり、意地悪をしてくるのに…やっぱりチョコは、本当に好きな女子からもらいたいのだろうか。



「なぁハンナ、チョコくれよ!」
「私はフランツにあげるの!」
「チッ。じゃあお前でいいや、ユミル?」
「何言ってやがる。お前にやるぐらいならクリスタにやるよ!」



尚もバカらしい会話を繰り広げているジャンに、私はまたため息をついた。



***


バレンタイン当日。結局ジャンにチョコを渡す口実が見つからないまま、放課後を迎えてしまった。私の鞄の中には、昨日モヤモヤしたまま作ったガトーショコラが入っている。ジャンは思ったよりもチョコがもらえなかったらしく少し落ち込んでいたが、それでも幾つか受け取ったそれを嬉しそうに鞄にしまった。…私のも、あの中の一つになるのだろうか。私にとってはジャンのために作ったたった一つのチョコでも、ジャンにとっては私のチョコなんてもらったものの中の一つに過ぎないのだろうか。



「ジャン!」



帰ろうとするジャンの姿に焦って声をかけると、ジャンは「なんだよ。」と眉をひそめて答えた。きっと、早く帰ってチョコを食べたいのを邪魔されてご機嫌斜めなんだろう。



「ジャ、ジャンのことだから、チョコ一つももらえなくって泣いちゃうと思って、だから、仕方なく作ってあげたよ!」



口から飛び出た言葉は、びっくりするほど素直じゃなかった。本当はそんなこと、1ミリも思っていないのに。そしてその言葉に、ジャンは案の定ムッとした。売り言葉に買い言葉だとジャンのへの字になった口が開く。



「あぁ?オレはそんなことで泣いたりしねぇーし、第一チョコならもういっぱいもらってんだよ!」



……あぁ、失敗した。頭の中でそう過ったときには既に遅く、もうどう修復してもチョコを渡せそうになかった。目に涙が溜まってきたのを感じ、咄嗟に俯くとそんな私に気を使ったのかジャンが続けた。



「…ま、まぁもらってやらねぇーこともないけどよ。お前のチョコ。」



その言葉に顔を上げると、顔を真っ赤にしたジャンがいた。何でジャンが照れてるんだ。黙ってジャンにチョコを差し出すと、それを受け取ったジャンは気まずそうに頬をポリポリとかいた。



「い、いいよ…もう。そんな、お情けでもらわれたって嬉しくないし。」
「こ、こっちこそ、どうせ俺が誰からもチョコもらえねぇだろうから用意した、なんて気持ちの込もってねぇチョコいらねぇよ…。こっちはお前にだけ"チョコくれ"って言えなくて落ち込、ってちげー!何言ってんだ俺!」



せっかくジャンがもらってやる、と言ってくれたのにまた可愛くない返事をしてしまうと、それに続くジャンの言葉に耳を疑う。私が俯いていた顔を上げたのに気づいたのか、耳まで顔を真っ赤にさせたジャンが言葉に詰まった。頭をガシガシと乱暴に掻き、自問自答しているようだ。…これは、期待してしまって良いのだろうか。いつもは憎まれ口ばかり叩かれていて、売り言葉に買い言葉だと喧嘩ばかりしているけど、私がここで素直になればもしかすると……、



「ほっ、本当はジャンから"チョコくれ"って言われなくて寂しかった…!クラスの女子みんなに言ってるのに私にだけ言ってくれないから、」
「そ、そんなもん、本当にもらいてぇーやつに"くれ"なんて言えるわけねぇだろ…!ちょっとは頭使えよバカ!」
「なっ、ジャンこそ、欲しいなら素直にそう言えばいいじゃない!この馬面!」
「何だとテメェ!!」



私が珍しく素直になって、ジャンに歩み寄ろうとしたのに、ジャンはいつも通り私に突っかかってきた。…だけど、真っ赤な顔が全てを物語っていて。私たちにチョコみたいな甘い雰囲気は似合わないけれど、この関係が居心地いい。



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