kuzu

Special story

チョコレートケーキ



「ナマエさん、お疲れ様です!」
「あ、ご苦労様。えーっと、君は、」



訓練後、やたら背の高いヒョロっとした男の子が話しかけてきた。この子は確か…、顔は覚えているけど名前が思い出せない。うちの班のライナーの友達だったはずだ。




「ベルトルトです!」
「…ああ、そうそう。ベルトルトくん。ライナーのお友達だよね?」



やけにハッキリとした元気な声にそうだった、と呟く。ベルトルト…覚えにくいんだよね、この名前。頭上から聞こえる低い声は、止まることを知らない。




「はい、いつもお世話になってます!」
「いや、君のお世話をした覚えはないんだけど…。」



見上げるような格好で彼に視線を向けると、無垢な瞳で見つめ返された。…ライナー繋がりで私のことを知ったのか、以来彼は私にすごく懐くようになった。他に先輩兵士に近付いているところを見たことがないし、まして特別仲が良い相手もライナー以外に居にさそうな地味な彼が、何故私につきまとうのか。



「今日は、日頃の感謝の気持ちを込めてチョコレートケーキを焼いてきました!」
「いや、だから感謝されることなんか何もないんだけど…って、焼いたの?君が?」



驚いて目を見開く私にベルトルトくんは「はい!今日はバレンタインですから。」と満面の笑みを浮かべて答えた。きっと2m近いであろう彼が、エプロンをつけて一人でキッチンに立つ光景は想像し難い。…それにしても、今日はバレンタインだったのか。昨今"逆チョコ"なんて言葉が流行ってるらしいけど、何年もご無沙汰だった内にまさか後輩兵士からチョコを受け取るようになるとは。



「あ、ありがとう…。」



戸惑いを隠せないながらも、笑顔で渡されたそれを受け取る。大きいなとは思ったけど、重さもかなりズッシリしている。ホールケーキかな?一人で食べきれないんだけど…。そう思った私は何も考えずに口を開いた。



「こんなに大きいのもらっちゃっていいの?私だけじゃ食べきれないよ…。良かったら、一緒に食べない?」



その言葉に、ベルトルトくんはキラキラした瞳を更に輝かせブンブンと効果音が聞こえるほど首を縦に振った。…あ、ライナーとかも呼んでみんなで一緒に、って意味だったんだけど……。喉元まで出かけた言葉は、彼の表情を見ると飲み込みざるを得なかった。



***



もらったチョコレートケーキを切り分けて、紅茶を淹れるとベルトルトくんは、もうこれ以上の笑顔は作れないんじゃないかと言うほど頬を緩ませた。そこまで喜ばれるとこっちまで嬉しくなってくると言うか、私は本当に何もしていないのにどうして、と言う気持ちが強まってくる。そして「先に食べて下さい。」と言うお言葉に甘え、ケーキを一口食べると口の中いっぱいに甘い味が広がって私も思わず笑みが零れた。そんな私の様子にベルトルトくんは心底ご機嫌だ。それから彼もケーキを口にしてそれが半分ほどになったころ、背筋をピンと伸ばして真剣な表情になって口を開いた。



「あの、僕…ナマエさんのことが好きです。」



空気が一瞬にして、口に入れたチョコレートケーキのように甘いものに変わる。え、と顔を上げると彼は頬を真っ赤にして私のことを見つめていた。わざわざバレンタインに手作りのチョコレートケーキをプレゼントしてくれるところや、日頃から私に懐いてくれていた点から何となく想像がついていた言葉だったが、いざ本人の口からそう言われると驚きを隠せない。そして、自分が彼のことをただ同じ兵団に属している一兵士としか思っていないことを、彼にどう傷付けずに話すことが出来るのか。そう考えていると言葉が何も出てこなかった。



「えーっと…あ、あのね…き、気持ちはすっごく嬉しいんだけど、」
「ナマエさんは覚えていないかも知れませんが、」



考えもまとまらない内に口を開くと、それを遮るようにベルトルトくんが話出した。



「五年前、マリアが破壊された時に僕は巨人に殺されかけました。その時、ナマエさんに助けて頂いたんです。一緒に避難していたライナーともはぐれてしまって途方にくれていた僕に、手を差し伸べてくれたのはナマエさんです。」



彼の遠慮がちな言葉に唖然とする。…そう言えば、五年前まだ訓練兵だった私は暫定順位が上位だったため、先輩兵士達と共に駆り出され、そこで巨人に喰われかけた男の子を助けた気がする。その時の男の子が、この子…?



「あの時、僕は決めました。僕もナマエさんのような兵士になると。」



やけに力強い彼の言葉が胸に響く。



「…まだ、ナマエさんの力には到底及ばないけどこれからもっと努力して、兵士としても男としてもナマエさんに認めてもらえるように頑張りますから!」



そう言うと、またいつものへにゃっとした笑い顔をした。思いがけない告白に、冷蔵庫で冷やしすぎてしまったチョコのように固まる。それに……、この胸の高鳴りはなんだ。次々と沸き起こる真実を頭で整理するように、私は呟いた。



「じゃ、じゃあまずはお友達からで…。」



そのチョコレートケーキは、胸焼けするほど甘かった。


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