kuzu

Special story

花筏の行く先

「花散らしの雨、だね……。」


バケツをひっくり返したような大雨に憐れむような目を向けながら、ナマエが言った。つい先日、満開だとテレビで言っていたばかりなのに、この雨でそれも全部散っちまうだろうな。花なんて柄にもねぇが、自分の誕生日に毎年綺麗な花が咲くのは悪くねぇ。しかし、こいつにとっちゃ俺の誕生日なんて、散っていく桜の行方ほどどうでもいいことなんだろう。


雨を含み少し膨らんだ桜の花は、その重みに耐え切れず落ち込んでいるように下を向いていた。それはまるで今の自分の心を表しているようで。何となく、気まずくなって目を逸らす。


『実は私、エレンのことが好きなの。』


聞きたくもなかったナマエの気持ちを明かされたのは、つい先日のことだった。言われなきゃ到底気付きもしなかったその思いに、何で今まで気付かなかったんだと言う気持ちと、何で黙っといてくれなかったんだと言う気持ちが交錯する。どこかで何かの道が違えば、ナマエは俺のことを好きになってくれたのだろうか。なんて、終着地点のない疑問が胸に浮かぶ。去年もその前も、この日は晴れていたと言うのに今年に限ってこの雨だ。桜と一緒に、俺の想いも雨に流されちまえばいいのに。


「桜ってさ、儚いよね。すっごく綺麗だけど、すぐに散っちゃうし。…人の気持ちも、こうやって移り変わっていくのかな。」


相変わらず、教室の窓際から外を眺めながらナマエが詩人みてぇなことを言った。確かに、満開に咲き誇っていた桜は、今はもう半分ほどになってしまっている。散ってしまった桜は水溜りに花筏を作り、あてもなく彷徨っている。その光景は、俺を更にセンチメンタルにさせた。


「ジャンは、桜の綺麗な季節に生まれたんだね。」
「……!」


やっと俺に目をやったナマエに、知ってたのかよ、と呟くと当然だよ、と返ってきた。


「誕生日おめでとう、ジャン。生まれてきてくれてありがとう。」
「お、おう……。」


突然の言葉に動揺を隠せない。不意打ちはやめてくれよな。何だか目頭が熱くなるのを感じる。オイ、視界がぼやけてきたぞ。この教室、雨漏りでもしてんじゃねぇか。


「…私さ、……実はジャンのことが好きだったんだよ。」
「はぁ?お、お前、何言って、」


雨が窓を打ち付ける音がナマエの言葉を邪魔した。…そうだ、それだ。だから、聞き間違えたんだ。まさか、そんな訳ねぇだろ。だってこの前、こいつは俺に、


「…"好きだった"の。でも、叶わないと思って。諦めることにしたの。そしたらエレンが『お前のこと、嫌いじゃない。』って言うから。私も、エレンのこと嫌いじゃないし。こ、これから、好きになるかも知れないし…。だから、ジャンへの気持ちに蹴りをつけるために、エレンのことが好きだって言ったの。…なんか、ごめん。」


ナマエはそう言ったきり、また窓に視線を戻した。「そうかよ。」なんて自分でもよく分かんねぇ返事をすれば、辺りは沈黙に包まれる。…今なら、まだ間に合うんじゃねぇか?もし、俺が今ナマエのことを好きだと言ったら?何かが変わるんじゃねぇか?…だが、何と切り出せば良い?汗ばむ掌を握りしめる。


「…行けよ。下で待ってるんだろ。」


口を突いて出た言葉は、本心とは程遠いものだった。窓に目をやると、鞄を傘の代わりのように頭に置き、雨を凌いでいる死に急ぎ野郎が見えた。俺と共に日直の仕事をしているナマエを待っているんだろう。


「ジャン、」
「行けっつってんだろ!」


俯きながら、ナマエの背中を乱暴に押すとナマエは一歩、二歩ふらつきながら前へ進みその勢いで駆け出した。俺も、溢れ出した感情を抑えることが出来ずにナマエとは逆方向に走り出す。実は両想いだったことが嬉しかったのか、すれ違ってしまった切なさなのか、ほんの少しの勇気が出せなかったために、もう後戻り出来なくなってしまった悔しさなのか、この気持ちを形容する言葉が見当たらない。鼻の奥がツンとする。外が雨で本当に良かった。


花筏の行く先は、誰も知らない。


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