kuzu

Special story

プレゼントの行方

カタカタカタカタ……
静まり返ったオフィスにはキーボードを叩く音だけが鳴り響く。時計に目をやると新幹線の発車時刻まであと一時間半だった。こんな年の瀬まで働かせるなんて…。地元勤務を希望したにも関わらず、こんな地方に飛ばされてしまった時点で、ブラックだと気付くべきだった。


「…アンタ、こんな時間まで何してるの。」


一分一秒を争う状況でパソコンと睨めっこしている私に、背後から声が聞こえてきた。この声は同期で同じ時期に異動になったアニだ。上司から評価の高いアニこそ何でこんな時間まで、と喉元まで出かけた疑問を引っ込めた。今は呑気に話し込んでいる暇はない。


「今日こそ定時で帰ろうと頑張ってたんだけどさ、仕事終わったならこれもお願いって頼まれちゃって…。困っちゃうよね、本当。」
「今日、帰るんじゃなかったの?」
「そうなんだけど終わりそうになくってさ。新幹線のチケットもう買っちゃったから時間もズラせないし、今必死でやってるとこ。」


アニの声にパソコンから目を離さずに答えると、ため息が返ってきた。それに呆れた声が続く。


「…今日、アイツの誕生日でしょ。」


その声に、思わず焦っていたはずの手が止まる。何故それを、と質問しかけてまた思い留まった。今度の疑問は聞かなくてもすぐに分かったからだ。運命の悪戯か私の恋人であるベルトルトとアニは大学時代に恋人同士だったのだ。二人の性格からして、きっとベルトルトの方がアニにゾッコンだったであろうことが容易に想像出来る。実際、私とアニの職場が同じであると知った時のベルトルトは今まで見たことのないような顔をしていた。それ以来、少しだけアニに苦手意識を持ってしまっていた。


黙ってアニの問いに頷いた私のことを彼女も黙り込んで見つめる。一秒ほどの間があった後にアニが私のデスクに積まれた書類を手に取った。


「これ、代わりにやっといてあげるからもう行きなよ。」
「えっ、」


アニの予想外の言葉に開いた口が塞がらない。でも私が頼まれた分だし、と濁していると続けてじゃあ年明けは私の仕事お願いするからそれでチャラね、と言って無理やり私を立たせて私の方を見向きもせずに空いた椅子に座った。


「アニ……。」
「何?そんなとこに立たれたら気が散るんだけど。さっさと行けば。急いでるんでしょ。」
「あ、ありがとう!!」


アニなりの優しさに急いで荷物を片付け会社を出る。運良くタクシーが捕まり、スーツのまま新幹線に飛び乗った。



***



車窓から見える、月明かりに照らされた見慣れた景色は、私の気持ちを少しだけ切なくさせた。最後に帰ったのは盆だったから四ヶ月ぶりか。久しぶりの地元、そしてベルトルトに気持ちは浮き足立っているはずなのに、アニに貸しを作ってしまったと言うことと、彼女がまだベルトルトの誕生日を覚えていたことが心に引っかかる。いや、こんなことを考えるのはよそう。今日は彼の誕生日なのだから。申し訳程度に買ったプレゼントをぎゅっと握りしめながら変わりゆく街並みをぼんやりと眺めていた。


地元の駅がアナウンスされ、ホームへ降り立つとそこは帰省ラッシュの人でごった返していた。その中にひょこっと飛び出た頭を見つけて、足は自然と速くなる。彼も私を見つけてその顔をふにゃっとさせて笑った。ああ、いつものベルトルトだ。


「おかえり、ナマエ。」
「ただいま、ベルトルト。迎えに来てくれてありがとう!」
「こちらこそ、帰ってきてくれてありがとう。」


ベルトルトはそう言って私の荷物を持つ。久しぶりに見るベルトルトの姿に、先ほどまでの悩みなんて頭から消えてしまうほどだった。荷物を持っていない方の手で私の手を握る彼に連れられて、ベルトルトの家へと向かった。


「…話があるんだ。」


いつになく真剣な表情のベルトルトに、私はゴクリと生唾を飲み込んだ。家までの道のりでスーパーに寄り、細やかながら手料理を振る舞って、お酒も美味しく頂きながらベルトルトの誕生日をお祝いして、プレゼントをあげて喜んでくれて…完璧とまではいかないけれど成功したかと思えたが、ベルトルトの表情でそれは間違いだったのだと悟る。ほんの数時間前、新幹線の中で過ぎった嫌な考えがまた心に浮かぶ。…帰ってくる時間が遅すぎた?プレゼントが気に入らなかった?…まさかまだアニのことが…?


「じ、実はずっと考えていたことがあって…」


冷や汗をかきながら目を泳がせて、ベルトルトが気まずそうに口を開く。"ずっと考えていたこと"?…まさか、ここで別れようなんて言われるのだろうか。


「もう、やめにしないか。こういうの。」


トドメとばかりに、ベルトルトの言葉が矢のように私の胸に刺さった。私に負があったのか、やっぱりまだアニのことを思っているのか。理由は分からないけれど、ベルトルトは私との関係を終わりにしようと言っている。


「え…?どうして?」
「どうしてって…。やっぱり離れてると大変だし…。年に何度かしか会えないのも、辛いし…。でも、異動したばかりだからすぐにはこっちに戻ってこれないだろう?ならいっそ、」


そう言って、ベルトルトは私の前に小さな箱を差し出した。シュルリと巻かれたリボンを解き、箱が開かれるのをぼんやりと眺める。思考は完全にストップしていた。


「僕と、結婚して下さい。…自分の誕生日にこんなこと言うの可笑しいのは分かってるんだけど、もし、ナマエがこの指輪を受け取ってくれたら、僕にとってこれほど嬉しいプレゼントはないな、なんて思って…。」


真っ赤になったベルトルトの顔と、箱の中で輝く宝石を交互に見つめる。こ、こんなことって…。やっと追いついた思考に、今度は視界が歪む。自分の誕生日に人にプレゼントをあげて、更にそれを受け取ってくれたら自分にとって嬉しいプレゼントだなんて、ベルトルトらしい考え方に胸が熱くなる。


「わ、私…私で良いなら、喜んで…!私の方が、プレゼントもらっちゃった…。」
「いや、プレゼントをもらったのは僕の方だよ。こうして、ナマエが僕の気持ちを受け止めてくれたんだから。」


ベルトルトはそう言って、私の左手薬指にそれを通す。お誕生日おめでとう。生まれてきてくれてありがとう。なんて月並みな言葉は、繋がれた唇の中に消えた。




[戻る]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -