kuzu

Special story

2

耳を澄ませ、徐々に大きくなった馬の足音が止まり、馬小屋に括り付けた金属音が聞こえたと同時にナマエさんは無言で班員に所定の位置につけと指示した。僕はゴクリと生唾を飲む。これが、最後のチャンスだ。ーー「兵長はあまり賑やかな席を好まないと思うので、ナマエさんが二人っきりでささやかに祝ってあげた方が喜ぶと思います。」この二日間考えた末に、僕が出来る最大の柔らかい表現でやんわりと作戦の中止を促そうとそう決意したが、時すでに遅しだった。


バタンと扉を開く音が聞こえ、ナマエさんが笑顔でお出迎えすると兵長の疲れきった顔が一瞬強張った。そして、いつもラウラさんを見る時に向けられる奇行種を見る時のような目で、カラフルに飾られた部屋を見渡す。テーブル中央に置いてある"リヴァイ兵長お誕生日おめでとう!&メリークリスマス!"と書かれた大きなケーキに目がとまった瞬間、兵長の眉間の皺が深くなった。まずいぞ…!二日前のナマエさんじゃないけど、もう少し早くこの作戦の成功率の低さを危惧すべきだった。そうすれば最悪の状況は回避出来たかもしれないのに…!


「…これはどういう状況だ?」


兵長のドスの効いた言葉に、部屋の空気は凍る。そこに「兵長の誕生日をみんなで祝うんですよ!今日で何歳になられたんですか?」と丸っきり場の空気が読めていないナマエさんの声が響き渡る。ナマエさんは兵長のことが大好きなくせに、兵長のことを全然分かっていない節がある。その結果がこれだ。兵長は隣に立つナマエさんを完全に居ない者のように扱い、その目を今度は僕に向けてきた。


「アルミン、これはどういう状況だ。」


地を這うような声で名前を呼ばれ、背筋が凍る。まさか僕に話が振られると思っていなかったので「こっこれは、兵長の誕生日を、」としどろもどろにナマエさんと同じ説明をする。その間にナマエさんはどこに隠していたのか、小さい頃絵本で読んだサンタクロースが持っていたような大きな袋を持ってきた。恐らく兵長のプレゼントが入っているその袋は、本当に絵本で見たままの大きさで、抱えるようにして持っていたためそれはテーブルに引っかかった。その拍子にテーブルは大きく傾き、中央に置かれたケーキが…


「わっ!ケーキのシャワーですか!?最高のプレゼントですね!これ物凄く美味しいです、並んだ甲斐がありました!」


これ以上最悪な状況があると言うのなら、僕は見てみたい。傾いたテーブルによって大きなケーキが分断され、三分の一ほどに割れたケーキがサシャの頭に降りかかった。不幸中の幸いなのか、神にも良心があったのか、三分の二は無事だ。しかし、ナマエさん特製の予定表に書かれているこの後の兵長が蝋燭の火を吹き消すところや兵長とナマエさんの初の共同作業であるケーキ入刀の流れには十分支障をきたすハプニングだろう。大きな袋に顔が隠れて何が起こったか分かっていなかったナマエさんが顔を上げた瞬間、それが今までに見たことのないほどの表情に変わった。きっと"絶望"って、このことを言うんだろう。


「なっ…ななっ…!!!」


驚きと困惑と悲壮感、全てが入り混じった何とも形容し難い表情が涙に濡れ始めると、ナマエさんは袋を抱えたまま外へと飛び出してしまった。残された兵長と僕達の間に、沈黙が走る。サシャが自分にかかったケーキを食べる音だけが聞こえた。暫くして、兵長がさっきよりもうんと柔らかい声で呟いた。


「お前ら、どうせあいつに唆されて準備を手伝わされたんだろう。こんなことに時間を使われて、災難だったな。」
「「「!!!」」」


予想に反した言葉が聞こえて、思わず兵長の方を見ると他の104期も同じようにしていた。ナマエさんの悪態をつくかと思われたが、僕たちを労う言葉だったなんて一体誰が想像出来ただろうか。そして、ため息を一つつくと「あのクズ野郎、どこ行きやがった…。オイ、周りに落ちたケーキのカスを掃除しておけ。」と僕たちに命令し部屋を出て行く。その横顔は、心なしか少し嬉しそうにも見えて。脱力しながら掃除に取りかかるみんなに僕は呟いた。


「ナマエさんって、どうして兵長のことをあんなに見てるのに気付かないんだろうね。」


恋とは、きっとそういうもの、と呟いたミカサの横にいつもと変わらない様子のエレンが見えて、僕はミカサの言葉に心の底から納得出来た。





最悪だ最悪だ最悪だーーー。私は大きな袋を両手に抱えながら走り出した。入念に計画した兵長の誕生日を祝う会が、よりによって私の手によって失敗してしまった。まず、兵長は部屋に入った瞬間あからさまに嫌な顔をしていたし、それに焦ってしまって「今日で何歳ですか?」なんて森羅万象全国共通、タブーな質問を投げかけてしまった。場が持たないと思って予定より早くプレゼントを渡そうとすればあのざま。全部、全部台無しだ。今までで一番の誕生日にしてもらおうと思っていたのに、これじゃあきっと今までで一番最悪の誕生日だろう。


「おい、」


夢の中でだって鮮明に聞こえる声が背後から聞こえ、肩を掴まれる。相変わらず眉間に深く皺を寄せた兵長が、私を見下ろしていた。


「す、すみませんでした…。」


謝っても謝りきれないがとりあえず謝罪を口にしてみる。すると、兵長は思ってもみなかったことを口にした。


「…今日は、俺の誕生日だったんだな。」
「えっ?」


そう言うと兵長は、いつもは読めない表情にほんの少し憂いの色を見せた。


「誕生日だクリスマスだと祝う年は当に過ぎた。それにこんな状況だ。調査兵団に入ってからはロクに意識した覚えがねぇ。」
「そんな…ならこれからは私が毎年お祝いします!兵長が忘れてたって私が思い出させます!大好きな兵長がこの世に生まれた日ですもん…お祝いしたいです。兵長、この日に生まれてくれて、私と出会ってくれてありがとうございます!」
「………。」


勢い余ってもう何度したか分からない告白じみたことを口にすると兵長は黙り込んだ。兵長の誕生日を祝うつもりが、結局いつもと変わらない気がする。


「…ありがとうな。」


兵長はそう言って、そっぽを向く。生まれて初めて聞いた兵長のお礼に、もう私は心の奥底から何かが湧いてくるのを感じた。


「へっ、兵長…わっ私うぅ本当に、本っ当に兵長のことが、うっ、すき、好きです…!」
「うわっ、寄るんじゃねぇ汚ねぇだろうが。」


抱き着こうとするとサッと脇によけられる。でも、そんなこと気にならないくらい今は気分が良い。少しずつ、少しずつで良い。こうやって兵長の誕生日を迎えるたびに私たちの距離も縮まればいいな。



(それはそうとお前、このクソでけぇ袋は何だ。)
(もちろん兵長へのプレゼントですよ!紅茶の茶葉セットに安眠グッズ、掃除グッズ…あとみんなへのクリスマスプレゼントもです!)
(…茶葉セットだけもらおう。)


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