kuzu

Special story

ガラスの靴は忘れない


「リヴァイ。今日お前を呼んだのは他でもない、毎年恒例の舞踏会についてだ。」
「……もうそんな季節か。」


エルヴィンに呼ばれ、執務室に行くとこう口火を切られた。調査兵団に金銭や物資を支給している金持ちの貴族達が、毎年飽きもしねぇで開いているのだ。舞踏会なんて性に合わねぇ。例年通り何か言い訳をつけて欠席しようとすると、目の前の奴がそれを拒んだ。


「まぁお前の気持ちも分からんでもないが、こうも欠席が続くとさすがに貴族側からも不満が出てくる。…お前は目立ちすぎるからな。」
「…了解だ。確か、パートナーが必要だったな。適当にペトラ辺りに声をかけてみる。」
「いや、ペトラは私が先に声をかけた。悪いが他を当たってくれ。…そうだな、例えばナマエなんてどうだ?」


手を顎にかけて考えるような仕草をしたあと、エルヴィンの口からとんでもない奴の名前が出て来た。…ナマエ。最近やたらと俺に付きまとってくる、奇行種のような新兵の名だ。聞けば、半年ほど前の壁外調査で俺が助けた兵士の一人で、それ以来"一生俺についていく"だの何だとほざいてやがる。迷惑以外の何者でもない奴だ。しかし、奴の班の分隊長からはそれがきっかけで奴の実力がメキメキ伸びた、と俺の顔を見る度に何故か俺が褒められる。俺は何もしていない。ただ、兵士として当然のことをしただけだ。


「てめぇ…わざと言ってんのか。あいつだけはダメだ。それ以外なら誰でもいい。」


どうせ誰と踊ったって何も変わりゃしねぇ、そう続けるとエルヴィンは声を上げて笑った。


「言ってることが矛盾してるじゃないか、リヴァイ。誰と踊ったって何も変わらないなら何故ナマエはダメなんだ?」
「…あいつは気に食わねぇ。」
「それは理由にならないな。ナマエが聞いたら悲しむだろうよ。彼女は最近、見る見るうちに力をつけてきている。訓練でもベテランに臆することなく果敢に挑戦しているとの報告もある。優秀な逸材だと思わないか?いずれ彼女には精鋭部隊に異動してもらおうと思っている。同期からの信頼も厚いと聞く。本人にその自覚はないが、人の上に立つことが出来る人材だと思っている。そのためにも、若いうちから色々経験させておきたい。特に決まった相手が居ないならナマエにしてくれ。彼女には私から言っておく。」


そう言うとエルヴィンは目の前の書類を広げ出した。これは、もう話す余地がないと言う合図だ。暫くの沈黙のあと、渋々「了解だ。」と言った俺は執務室を出た。面倒なことになった。あの新兵、偶然ばったり出くわすだけでもキィキィうるせぇのに一緒に舞踏会なんかに行ったらどうなるんだ?考えたくもねぇな。



***



しかし、"その日"は俺が思っていたよりも早くやって来た。次の壁外調査に向けての作戦や訓練なんかで、忙しい日々が続いていたからだ。朝、いつもと同じ時間に起きた俺は嫌々ながらも新調したばかりのスーツに袖を通す。いつもどこからともなく現れる、奴の顔を思い出すだけで頭がクラクラする気がした。少しでも気分をスッキリさせるために紅茶でも飲もう、と部屋を出ると何やらゲッソリした様子のモブリットに会った。無鉄砲な上司に付き合わされいつも疲れた様子だが、今日のは比べ物にならない。そして何故か、俺を見て表情がパッと明るくなった。


「り、リヴァイ兵長!!」
「…何だ。どうしたお前、様子が変だぞ。」
「昨日、夜通しダンスの練習に付き合わされてまして…。それより、いいところに来てくださいました!」


そう言うと、モブリットは俺の腕を掴みスタスタと歩き出した。


「おい、何をする。俺は紅茶を淹れに行きたいんだが。」
「紅茶なら、とびきり美味しいのがあとで飲めますから来てください!あぁ、やっとこれで開放される…。」


訳のわからないことを呟いているモブリットに連れられ、部屋を開けると、


「ちょっとモブリットさん!まだ練習終わってないんですから、ってえぇ!?り、り、リヴァイ兵長…!!」


一番顔を見たくない奴がいた。普段の兵服とは違い、淡い色のドレスを身に纏って髪もふわふわさせて下ろしていたため、一瞬誰か分からなかったがすぐに気付いた。奴だ。奇行種だ。


「モブリット…てめぇ、どういうつもりだ。」
「い、いや、俺はただ、体力の限界で、」
「あ?さっぱり訳が分からねぇ。」


モブリットの言葉を遮ると、それと同時に目の前の新兵も慌てた様子でモブリットの口を手で塞いだ。背伸びをしながらモブリットの耳辺りで「兵長には黙ってて下さい」だの「バレたら格好悪いです」だの囁いている。困った様子のモブリットは冷や汗をかきながら話題を逸らすように、「兵長、今日のナマエの姿はどうですか。」と尋ねた。どうって…、言われてもな。まぁ強いて言うなら、


「馬子にも衣装ってやつだな。」
「本当ですか!?わ、私、幸せすぎて夢を見てるようです!今なら、空だって飛べそうです!」
「いや、全く褒めてないんだが。」


俺の言葉をどう受け取ったのか、奴は感激したように真っ赤に染めた頬を両手で覆った。どうせなら、そのまま空を飛んで壁外にでも行ってくれると有難いんだがな。そう思っていると迎えの馬車が来たとグンタが報告に来て、俺たちは部屋を出た。



***



いざ舞踏会が始まると、普段の行動は奇行種そのものだと思っていた新兵は、意外にも普通の振る舞いを見せた。また突然奇声を上げたり俺に抱きついたりしてきやがったら、その時はつまみ出してやると思っていたがどうやら杞憂だったようだ。先輩であるモブリットに一晩中付き合わせ練習したらしいダンスは、完璧そのもので。その上、本来エスコートしなければならない俺を気遣うような仕草も時折見せた。それがあまりにもいつもの奴とかけ離れていたので、本当に本人なのかと疑ってしまうほどだった。


「おいお前、いつもと全然違うじゃねぇか。」
「き、今日はきちんとした場なので…、」


兵長に抱きつきたい気持ちを必死で抑えています、と震える手を俺の肩に置きながら答えた。やっぱり、中身はいつもと変わらないようだ。…それにしても頬紅をつけすぎじゃねぇのか。先ほど部屋で真っ赤になったのとほとんど変わらないような色をした新兵の頬は、化粧を施したのかいつも以上に澄んで陶器のように滑らかだった。


「兵長とこんなことをしてると…自分がシンデレラになったような気分です。」


踊りの動きで、奴の腰に手を当てると少しビクッとしながらも、それに応えるようにもう片方の繋がっていた手に力を感じる。シンデレラ…だと?ああ、童話に出てくるアレか。


「バカ言え。俺はてめぇが何を忘れようが、探しになんて行かねぇぞ。」


真顔でそう言うと、新兵は顔をきょとんとしてそのあとすぐに口角を上げた。


「ああ、ガラスの靴のことですか?あれって私、わざと忘れたと思うんですよね。だって、靴が脱げたら普通どんなに急いでても履き直すと思いません?片方が脱げた状態で急ぐより、きちんと履き直してから走った方が早いですよ、きっと。」


そう言うと新兵は先ほど上げた口角から薄い唇を開き、歯並びの良い綺麗な歯を見せた。薄っすらと桜色のような紅をひいた唇から真っ白に並んだ歯が見えて、コントラストが眩しい。


「私は、そんなズルい真似しませんよ。真正面から正々堂々と好きな人にアピールしますから。」


だから、兵長も早く気付いてくださいね、と続けられ頭を鈍器で殴られたような衝撃が走る。いつもは奇行種だとバカにしていた冴えないちんちくりんの新兵に、宣戦布告された気がした。


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