kuzu

Special story

BUT

はぁ、とため息を吐くと白い息が見えたような気がした。いや、まだそこまでさすがに寒くないか。日記帳を見ると、校内で行われるハロウィンパーティーまでもう一週間を切っていた。私のため息の原因はこれである。うちの学校では毎年恒例のこのパーティー、仮装した者同士でカップルが出来れば幸せになれる、なんてジンクスまでついていて、幼馴染で隣のクラスのジャンが「どっちが先に相手を見つけられるか勝負しようぜ」なんて持ちかけてきたのだ。何となく、ジャンにだけは負けたくない。これは念入りに計画を練らねば、と私は親友であるクリスタに相談をした。



***



当日、クリスタは天使、私は悪魔の格好をして会場である体育館へと足を運んだ。中にはもう既に仮装をした人たちでいっぱいで、不気味なBGMや暗がりの中に光るジャックオーランタンがムードを盛り上げていた。


しばらく、その中でクリスタと雑談をしていると向こうから誰かが近寄ってきた。遮光カーテンがされ、所々にある怪しげな蝋燭しか灯りのない中で、それが誰であるかを判断するのは難しかったが私にはすぐに分かった。何故なら、彼の心の声がダダ漏れだったからだ。


「か、可愛い天使だな…!(結婚してくれ)」
「ありがとう!そちらも可愛い巨人さんですね?」


そう言いながら、クリスタは相手のモシャモシャした白髪を背伸びしながら撫でた。それに応えるように、彼が少し身を屈めたのを私は見逃さなかった。何をどう装備しているのか、ライナーが動くたびにカチャカチャと音が鳴る。…あれは多分、この前の歴史の授業で習った鎧の巨人の仮装だろう。そんな二人のやりとりをぼーっと眺めているとステージ前にクリスタの好きなお菓子があるとか何とかを誘い文句に、ライナーはクリスタを連れてどこかへ行ってしまった。…あれはそのまま、告白にもつれこませるつもりだな。そう思いながら、私は他の友達を探すことにした。


しばらくあてもなくうろうろとしてみたが、この暗闇の中で仮装した友達を探すことは不可能に近いんじゃないかと思えてきた。ライナーは一体どうやってこの人混みの中からクリスタを見つけられたんだろう。やっぱり愛の力か?そんなことを考えていると、いきなり後ろから首周りに腕を巻き付けられた。グッと上に持ち上げられる感覚に、思わずその腕を自分の両手で掴む。こんなことをするのは、一人しか居ない。


「何ぼさっと突っ立ってんだよ、そんなんじゃこの勝負は俺が勝っちまうぞ?」
「ジャン!?」


聞き慣れたその憎たらしい声に顔を後ろに向けると、もはや原型を留めていないような特殊メイクを施したフランケンシュタインが立っていた。それは、幼馴染である私ですら一瞬誰か分からないほどの完成度の高さだった。


「なっ、ちょっと気合入れ過ぎじゃない!?」
「あー、これか?クラスの女子によ、ちょっと試しにさせてくれって頼まれたらこんなに上手くしてくれてよ、これすげぇだろ!?」


そう言ってジャンは近くにあった蝋燭を自分の顔に近付け、私にそれをよく見せるようにした。確かに、継ぎ接ぎの部分だとか、目の周りとかすごく本格的で本物のフランケンシュタインだって逃げ出してしまいそうなリアルさだ。だけど、ジャンの口から"クラスの女子にしてもらった"なんて言葉が飛び出した途端、何だが得体の知れないどす黒い何かが腹の底から這い上がってくるのを感じた。


「…そう。でもジャン何か仮装しなくったってそのままで尻尾つけて人参ぶら下げて四つ足で歩けばよかったじゃん!!そんなの全っ然似合ってないよ!!ジャンのバカーー!」


そのどす黒い何かを吐き出さずにはいられずに、目の前のジャンに暴言を吐いてその場を後にする。そんな私にジャンはすかさず「は?何で怒ってんだよ?俺なんかまずいこと言ったか?」と追いかけてくる。いつもなら、すぐに怒る私の馬面発言にも、今日に限って何も言わずに私に気をかけている。…そんなジャンがむかつく。その"クラスの女子"に顔を近付けられながらそのメイクをされているところを想像すると居ても立ってもいられず、私は体育館を飛び出て全速力で走り出した。


しかし、ジャンも何故かめげずに私を追いかけ続けてくる。一瞬振り向くと、息を切らしたフランケンシュタインが物凄い形相で私を追いかけていて、捕まったら物語通りに人造人間にされてしまいそうだ。…どれだけ走っただろうか。体育館から遠く離れ、人の気配が少なくなってきた廊下を私は更に走り続ける。でも、もう体力の限界だ。慣れないヒールや仮装も手伝い、私はとうとう足が回らなくなってしまった。そこに、ジャンが更に加速し私のお尻から生えた真っ黒な悪魔の尻尾を掴んだ。そしてそのままジャンの方へと引っ張られる。


「いったぁ……!」
「それはこっちの台詞だ!早くどけよ。」


私を支えようとジャンは腕を伸ばしたが、慣性に逆らえずにそのまま尻餅をついた。そんなジャンの上に私も尻餅をつく。二人して息も整わない内に私は口を開いた。


「なっ、何でついてくんのよ…。早く、会場に戻って"相手"見つけないと誰かに取られちゃうよ?」
「あーそうだった!お前と勝負してたのに、お前がいきなり走り出すから心配して来ちまったじゃねぇーかよ…全く。」


そう言ってジャンは頬をポリポリとかいた。そして視線を私から逸らして続ける。


「まぁ、ナマエも相手が居ないなら俺がなってやってもいいぜ。」
「な、何で私なのよ!!もう、お菓子あげるから、とっとと戻ってよ!」


ジャンの思わぬ発言に、頬が赤くなるのを感じわけも分からないことを口走ってしまった。しかし言ってしまったものを引っ込めることも出来ずに、あとでクリスタにあげようと思っていたお菓子をポケットから出してジャンの目の前に出すと、ジャンが何かを思いついたようにニヤッと笑った。


「なぁ…何で俺があんな勝負しようなんて言ったと思う?…何でこんな気合入れて仮装してると思う?なんで…あの暗闇の中でお前のことすぐに見つけられたと思う?」
「はぁ?そんなこと私が知るわけっ、んっ…!?」


ジャンのよく分からない言葉に返事を返そうとすると、唇に今まで感じたことのない感触が走った。驚いて目を見開くと、瞳いっぱいにジャンの顔が映って今何をされているかを理解した。それと同時に、さっきのどす黒い何かがすぅ、っと体の中から抜けて行くのを感じる。こ、これじゃあまるで私が…、


「トリックバットトリート。」


唇を離したジャンが悪戯に笑いながら言った。


「お菓子くれてもいたずらする、…俺の言ってることが分からねぇなら、分からせるまでだな。」


走っている間に汗でご自慢のメイクがとれてしまったのか、いつもの顔のジャンがいた。




(奪われたのは、体ではなく心?)


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