kuzu

Short story

溺れる


夕食の席で大好きな姿を目で追っていると、パチッと目があった。ニコッと笑いかけられると、それだけで全身の血が沸騰するほど熱くなるのを感じた。僕は、勇気を出しナマエに告白をした。でも、言い方が良くなかったのかも知れない。僕の気持ちがイマイチ伝わっていない様子に加え、ジャンが割り込んできたせいで、僕は強引にナマエの唇を奪ってしまった。柔らかい感触を唇に感じた瞬間、僕はひどく後悔した。こんなはずじゃ、なかったのに。だけどもう後には引けない。


「…これで、もう僕のことは友達として見れないよね?」


これが僕の精一杯だった。そのあと、ナマエは顔を真っ赤にさせてコクコクと頷いて、急ぎ足で書庫を出てしまった。きっと、ジャンの元へ向かったんだろう。不本意だったが、ナマエ自身が後で行くと言ってしまったし、あの憔悴しきったジャンを見るときっと僕が恐れているようなことはあの時の彼には出来なかっただろう。それからと言うものの、僕は隙があればナマエに近付き、ナマエもその度に照れた様子を見せながら僕に、あの大好きな笑顔を見せた。多少強引だったけれど、順調に事は進んでいる。そのはずだったのに…。


味のしない、いつも通りのスープを口に運び、再びナマエを見ようと顔を上げるとその横には別の影が近付いていた。ジャンだ。明日の休日に浮き足立った食堂はいつも以上に騒がしかったが、さほど注意しなくても僕の耳は二人の会話を捉えることができた。


「あ、ジャン!!見てこれ!この前のお花、押し花にしたんだけどクリスタがそれをネックレスにしてくれたの!すごく可愛いでしょう?」
「お、すげぇーじゃねぇーか!その…よ、よく似合ってるぜ。」


そう言ってナマエの頭を撫でるジャンは、頬の筋肉が緩みまくってだらしのない顔をしていた。誰がどう見ても、明らかにナマエに好意を寄せている。沈んでいく細かく切られたスープの具に再び目を落とすと、ナマエの興奮した声が聞こえた。


「えっ、ジャン!!それって…この前私とクリスタが行ったらいっぱいだったところの…?」
「ああ。当分は予約しねぇと入れねぇらしいから、予約しといたぜ。あそこのケーキ、食いたかったんだろ?」


きゃあー、やったー、なんて可愛い声を上げて万歳三唱をしているナマエを見て、僕はやられたと思った。この前の休みに、街で人気のケーキ屋さんに行ったらいっぱいで入れなかったとナマエが悔しそうにしていたのを思い出す。そのあと、明日朝の10時に女子寮まで迎えに行くからよ、なんて野太い声が聞こえて、僕はとうとう居ても立ってもいられなくなった。ドカドカと乱暴に足を進めて、二人の方へと向かう。


「そ、そのケーキ屋さん僕も行きたいと思ってたんだ…!良かったら、」
「悪りィなアルミン。予約は二人分しかしてねぇーんだ。一緒に行きてぇのは山々だが、店のあの様子じゃ、どうも予約してなきゃ入店も出来なさそうだぜ。」
「………。」


万事休すの文字が僕の頭を過ぎった。ジャンは、あの日僕の告白を邪魔したときのような嫌な笑顔を浮かべている。


「じゃ、じゃあさ、二人がケーキ食べ終わるまで僕本屋にでも行って待ってるからさ、そのあと、」
「そうそう、そのあとなんだけどよ、今プラネタリウムっつーのが流行ってるらしくて、」
「ぷ、プラネタリウム?!あの、星が見えるやつ?!あれ、私、すっごく、」
「見たかったんだろ?言うと思ってた。だから、チケット買っといたぜ。」


ほらよ、と紙切れを二枚ジャンナマエに渡すと、いよいよナマエの顔は宝物を見つけた子供のようにキラキラと輝かせた。その顔も充分眩しかったが、僕には何手先も用意しているジャンの方が眩しく見えた。…僕の負けだ。夕食のあと、それとなくナマエに明日の予定を聞いて、空いてるようなら…なんてぼんやり考えていた自分が馬鹿みたいだ。だけど、僕だって黙ってやすやすとナマエを渡すわけにはいかない。なんとかして、


「そっか。それなら仕方ないね。じゃあ僕は明日、街には出ずに先輩に頼んで訓練の練習でもしていようかな。」
「え、先輩に…?」

ここで初めて、ナマエは顔を上げて僕の方を見た。それまでの会話では、ケーキだプラネタリウムだとナマエにとって嬉しいこと続きで僕の顔すら見てくれていなかったのだ。まだ、逆転の芽はある。


「そう。あの…この前ナマエとお世話になった先輩だよ。また何かあったら見てくれるって言ってたじゃないか。ナマエもって言うなら、一緒にお願いしておくけど。」


どうする?、と首をかしげる僕にナマエは迷いの表情を見せた。ジャンの顔も曇る。お花にケーキ、プラネタリウム。可愛いものや綺麗なものが好きな女の子らしいラウラだけど、それ以上に訓練にはすごく熱心だ。きっと、ナマエなら、僕の誘いを、


「うーん…どうしようかなぁ…訓練の練習は、すごく見てもらいたいけど…でも、あのケーキ屋さん…すごく人気で中々予約も取れないって聞いたし…せっかくジャンが予約してくれたし…プラネタリウムのチケットも、用意してくれたし…その…明日は、ジャンと一緒に、街に行こうかな…先輩の都合が合えば、私はまた次の休みにでも付き合ってもらうことにするよ…」


ごめんね、と心底申し訳なさそうに謝るナマエに、僕はもうなんの言葉も出てこなかった。ジャンの顔はさっきの曇り顏から一転、パァッと明るくなる。それと同時にニヤッと僕の方を見て、一言、


「策士、策に…何だっけなぁアルミン?」


と声をかけた。元々悪人面のその顔は、更に拍車がかかっていて。言いようのない気持ちが、身体中を支配していく。え?さくし?何それ?、ととぼけるナマエに、アルミンが溺れてんだよ、とジャンが解説する。僕は、とうとう何も言い返すことができずに一人食堂を後にした。夜風は、いつも以上に冷たかった。




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