kuzu

Short story

堕ちる

*74話ネタバレ


コンコン、コンコン…とブレードを使ってウォールマリアを囲う壁に異常がないかを調べる。決して暑いわけではないのに、額からは滝のように汗が流れてきて、心臓もバクバクとうるさい。ここに…この辺りに、ライナーがいるかもしれない…。そう思うとどうすればいいか分からない。会いたいような、会いたくないような、自分の気持ちすらももう、分からなくなっていた。


あの日、ウドガルト城で巨人化したユミルに命からがら助けられた私たちは、死に物狂いでトロスト区まで戻ってきた。ライナーは腕を負傷していたにも関わらず、怯える私を抱きしめて安心させてくれて…兵士のくせに情けないけど、それが無かったらあの状況で自決していたかもしれない。それほど、私にとってライナーの存在は大きくて、全てだった。壁に戻ってからは壁上で負傷した兵士の手当てをしたり、束の間の休息を取っていて私も先輩兵士から受け取った水を飲もうと口につけた瞬間、爆風が私たちを襲った。水筒はすぐに手元から離れ、体ごと吹き飛ばされてしまうんじゃないかと言うほどの勢いに、思わず目を瞑る。すると飛んできた何かが私の頭に直撃し、全身の力が抜けて気が遠くなっていって…意識が戻ったのは、"全て"が終わってからだった。その間に何が起こったかは何度も聞かされたけど…、今でも信じられない。まさか、そんなことってあるわけない。誰かが見間違えただけなんだ。


でも現に、彼はあれ以来いなくなった。訓練場にも彼の部屋にもいつも夜に会っていた書庫にも、どこにもいない。私も心ここに在らずと言った状況だ。


「……!」


事務的に叩いていた壁から聞きなれない音がした。明らかに、そこだけ他の箇所より軽い音がする。中が空洞だと言う証拠だ。そんな私を見て近くにいたアルミンが信煙弾を撃った。この付近に配置された、何十人もの兵士が私に注目する。


ーーーカン、カン、カン


試しにもう一度叩いてみる。やはりここだけ、作りが違うようだ。よく見ると継ぎ接ぎになっているような気もする。…どうする?ここは、指揮官であるアルミンに判断を委ねるか?…でも、もしこの中に、ライナーが居たら…


「………あ、」


私が考えを巡らせていると、凝視していたまさにその継ぎ接ぎの部分がガチャっと動き、中から扉のように開かれた。そして、暗闇の中から物凄い形相をして、ブレードを構えた…ライナーがいた。ら、ライナーだ。本物の、ライナーだ。私の大好きな、


「ひゃあっ…!」


元から兵士としてぐらんぐらんの、薄っぺらい意志しか持ち合わせていなかった私は、いざライナーの姿を見ると心も体も固まってしまった。両手のブレードは、今や敵である恋人を削ぐためのものであるのに、私の手中にあるうちは本来の機能を全く果たせないでいる。目の前のライナーも、見たことのないような鋭い眼差しをしていたが、私を見てひどく驚いたようにその瞳を見開いた。お互い言葉も発さないまま、恐らく人生で一番長い一秒を味わったあと、先に動いたのはライナーだった。私の右腕を掴み、一瞬にして壁の中へと招き入れ、そして今度は自分の腕の中に私を閉じ込めた。予想だにしなかった彼のその行動に、私はただなすがままだ。バタン、と扉が閉まられるのが背中から聞こえてきて、そのあとにアルミンや周りにいた兵士の焦った声が続いた。


「まずいぞ…ナマエが中に閉じ込められた!!」
「何だと!?どうなってるんだ!!」


慌ただしい外とは裏腹に、無理やり引き入れられた壁のこの空間の中は静まり返っていて。ライナーは一言も言葉を発さずに、ただ強く強く私のことを抱きしめている。私は何故か妙に冷静に、ここってこんな作りになってるんだ、なんて観察してしまった。きっと、大変なことが起こりすぎて頭がパニックになって現実逃避しているんだろう。その間も、ライナーは無言でぎゅうぎゅうと私のことを抱きしめる。


「ライナー…痛いよ…。」
「す、すまん…。」


喉から絞り切った声でそう呟くと、ライナーはハッとしたように少しだけ腕の力を緩めた。それでもまだまだ私のことを、抱きしめると言うより締め付けるように、ライナーの腕は離れない。


「そんなことしてちゃ…、私に殺されても知らないよ?」


先ほどより抱きしめられる力が弱くなった分、簡単に言葉を発することが出来たが今度のそれは先ほどのものより重く重く私の心にのしかかり、胸を締め付けた。それは私の中の、なけなしの兵士としての意志から出た言葉だった。そんな私の言葉に、ライナーはフッと小さく笑った。今、彼がどんな顔をしているのか全く想像もつかない。


「ナマエ、お前にここで、この状況で殺されるなら光栄だ。一思いにやってくれ。」


そう言うと、ライナーは私の肩に顔をうずめた。心なしか、震えているような気がする。そんなライナーを見ていると今までのことが走馬灯のように頭を駆け巡った。訓練兵のとき、私の荷物を教官にバレないようにこっそり持ってくれていたこと。雪山訓練で、本当はペアじゃなかったのに、仲間たちの計らいで二人きりにしてもらったこと。この前の壁外調査でだって、ライナーと私の班は離れていたはずだったのに私が巨人に殺されそうになったとき、何故かライナーが王子様のように颯爽とやってきてくれた。ライナーはいつも私のそばにいてくれたのに、なのに突然、


「ずるいよ…。うぅっ…ひっく、ライナーは、ずるいよっ…、突然消えて、また突然現れて…わ、私の気持ちも、っう、考えてよ…!」


そう言うと私はとうとう両手のブレードを投げ出してしまった。外からは相変わらず兵士たちの焦った声が聞こえ、ドンドンと乱暴に叩かれている音もする。中にはカラン、とブレードが落ちた音だけが響き、その音にライナーは顔をあげた。


「ナマエ……。」


一瞬、ライナーと目が合った。その瞳には私が映っていて、きっと私の目にもライナーが映っているだろう。当たり前のことなのに、それだけでまた目頭が熱くなり涙が止めどなく溢れてくる。ライナーはそんな私の零れ落ちる涙を大きな手で優しく拭ってくれた。そして、


「!!んっ…んむぅ…ら、ライ、やっ…はぁ、」


キスをされた。それはいつもの優しいものじゃなく、乱暴で激しいものだった。気付けばライナーの片腕は私の頭に回され、ガッチリと固定される。もう、逃げられない。


「もう、離さない…どこにも行かない、ずっとナマエの傍にいる、って言っても…信じてもらえないか?」


唇を離された瞬間、ツウっと唾液の架け橋が見えた。それもすぐに消えて、ライナーが口を開く。ライナーは私の答えを待たずにまた口付ける。彼の舌が遠慮なく私の口内を乱し始まると、もう何も考えられなくなってしまっていた。


そして、私はブレードを持っていたはずの手で、ライナーのことを抱きしめ返し、もう二度と戻れない現実逃避へと堕ちて行った。




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