kuzu

Short story

裏切り者はだあれ?


訓練兵最後の晩餐は、いつも通りの固いパンに味のしないスープだった。せっかく何だから豪華にしてくれたらいいのに、なんて友達と愚痴りながら女子寮に帰ろうとする私を、大きな腕が拒んだ。振り返ると、彼氏のベルトルトだった。


「…ベルトルト!どうしたの?」
「あ、あの…今日の夜、いつもの場所に来れる?」


目線を右に泳がせ、遠慮がちに言った彼に「わかった、またあとでね!」と返事をすると嬉しそうに頷いて男子寮の方へと帰って行った。別に付き合いを隠している訳でないけど、彼からお誘いがかかるなんて珍しい。元々、寡黙で背の高い彼に惹かれて思いを告げたのは私からだった。しばらく考え込んだあと渋々、と言った様子で首を縦に振ってくれた彼が私との付き合いに慣れるまでは随分な時間がかかった。それが、今では彼からお誘いがかかるなんて大した進歩だ!、なんて思いながら定期的に夜こっそり抜け出して会っている書庫へと足を運ぶ。扉に手をかけると、もうそこにはすでにベルトルトの姿があった。


「早かったね。寒かったでしょ?はい、これ。」


そう言ってベルトルトは熱々のマグカップを私に手渡す。ありがとう、と言ってそれを受け取り口をつけると私好みの紅茶の味が体いっぱいに広がった。


「いつも私から声かけるのに、今日は珍しいね。すごく嬉しかったよ。何かあった?」


そう言って彼の顔を覗き込むと、先程手渡されたマグカップを私の手から取りテーブルに置いた。そしてその瞬間、さっきの紅茶以上に暖かいものに全身が包まれる。


「…きっと、明日からしばらく会えなくなると思うから。」
「あ、そうだね…。訓練兵を卒業して、所属兵科が違えばこうやって会う機会も減っちゃうかもね…。」
「………。」


ベルトルトの言葉に納得すると、背中に回された腕は更に力を増した。私もおずおずと彼の背中へ自分の腕を回す。だけど、明日からは二人の休みが合えば堂々と出掛けられるし、駐屯兵希望の私が、憲兵希望のベルトルトの行く内地へ遊びに行くことだって出来るのだ。今より、きっと楽しい。


「憲兵になったベルトルトを見るの、楽しみだよ!」
「………。」
「どうしたの?」


中々返事を返さないベルトルトの顔を再度覗き込むと、今まで見たことのないような顔をしていた。不安、悲しみ、憎しみ、言葉では表現出来ないような感情が、彼の瞳に篭っているのが感じられる。今日のベルトルトは何だか可笑しい。暫定順位からしてあり得ないけど、もしかして自分が十位以下で憲兵に入れないかもしれない、とか考えているんだろうか。そんなことを思っていると、ベルトルトは私の首元に自分の顔をうずめた。吐息がかかる度にこそばかったが、普段甘えることのない彼がこんなことをしてくれるのもまた珍しいことだったので、私はそのままにしておいた。この様子じゃ、よっぽど明日のことが心配みたいだ。


「大丈夫だよ、ベルトルト。明日はきっと、うまくいくから。」
「……うまくいく?」
「うん、絶対。今まで頑張ってきたんだもん。ベルトルトなら、大丈夫。」
「そ、そうかな…。」


そう言って唇を寄せると、少しぎこちないながらもベルトルトの舌が私の唇を割って入ってきた。喉の奥から言葉にならない声が漏れる。そして、回された腕の一つが私の胸にかかる。


「…ごめんね、ナマエ。今日は、甘えたい気分なんだ…。」
「ふふ。…いいよ。そんなベルトルトも、んっ…好き、」


そう言うと彼は満足したように私の服の中に手を入れた。なおも繋がれたままの唇やベルトルトの手つきに翻弄されて、頭がぼうっとしていると少しだけ離された唇から言葉が漏れた。


「…ナマエはさ、どんな僕でも好き?」
「ひゃあっ…んっ…どういう、意味?」
「……どういう意味だろう?」
「やっぱり、今日のベルッ…あっ、何か可笑しいよ?」
「……僕は、どんなナマエでも受け止めるよ。大好きだよ。」
「んっ、わ、私も…、同じだよ?どんな、ベルトルトも…あんっ…大好きっ!」
「ありがとう…。」


そう言うとベルトルトは私をソファーに組み敷いた。顔中に、首に、鎖骨に、キスの雨が降る。あぁ幸せだな、なんて呑気に考えている私の瞳に映ったベルトルトは、やっぱりいつもとは違う、何とも形容し難い表現を浮かべていた。この時の私は、ベルトルトが希望兵科についてではなく、もっと深刻な、とんでもないことについて悩んでいたなんて知る由もなかった。


「その言葉、信じてるよ。ナマエ…。」




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