kuzu

Short story

3


「マルコーー!待ちなさい!!」


しんぞーをささげよ!、と右手を自身の左胸に当てふざけながら走り回る愛息子に一喝する。彼は今年、12歳になった。数日後に控える訓練兵団の入団に、我が家はいつも以上に慌ただしい。本音を言うと、すごく不安だ。訓練と言えど、死亡者が出るほど過酷なものだ。彼に耐えられるだろうか。


「どうせすぐ泣いて帰ってくっから、余計なもん持たせんじゃねーぞ。んなもん無駄だ無駄!」


衣類にタオル、それにお腹が空いた時用に、と簡単なものを詰めていると隣でジャンがため息をついた。彼の背負う自由の翼は、数年前とは違い重みのあるものとなっていた。分隊長、と言う役職は思いのほか多忙らしい。家を空けることが多くなった夫の代わりに、母ちゃんを守る!と張り切っている息子が泣いて帰ってくるなんて思えない。そして、その重みを背負っているのはジャンだけではない。同期のサシャやコニーも分隊長に、巨人の力を完璧にコントロール出来る様になったエレンは兵士長に。ミカサだってそんなエレンをサポートするために兵士長補佐なんて役職を作って頑張ってる。アルミンなんて、先輩達をごぼう抜いて団長になってしまったのだ。数年前にウォール・マリアを奪還、エレンの家の地下室にたどり着いた私達は巨人の謎を解明することに成功した。あとは壁外の巨人を絶滅させられれば、人類の勝利だ。私達の未来は明るい。


「何もそんなに詰め込まなくてもよ、お前だって教官として兵舎に行くんだろ?足りねぇもんはその都度手渡しすりゃ良いだろーが。」


引き続き不機嫌な声をかけるジャン。そう、私だってマルコを身籠った引退後何も専業主婦をしていた訳では無い。自分の経験を次の世代に受け継いでもらうために尽くしてきたのだ。皆それぞれ、形は違えど自分に出来ることをやっている。そして私達が命懸けで耕した新しい畑に、今また新しい芽が生まれようとしている。


「泣いてなんて帰って来ねぇーよ!」


さっきのジャンの言葉を聞いたマルコが、父親譲りの悪人ヅラで父を睨みつける。かつての仲間であった彼のように、優しく勇敢に育って欲しいと名付けた名前だが、容姿は残念ながら父親と瓜二つとなってしまった。だけど、私達の愛を一身に受け育ち私達の同期であったマルコに並ぶほど強くて優しい子に育った。そんな子を訓練兵に出すなんて、本当はしたくない。しかし親心子知らずとはよく言ったもので、彼は父であるジャンやジャンの同期達に憧れ調査兵団へ行くと言って聞かない。頼もしい反面寂しい気持ちで胸がいっぱいになっていると、ふと温かいものが唇に触れた。


「なっ……!」


ジャンだった。その様子を見たマルコがはしゃぐ。久しぶりの、しかもよりによって息子の前でされたその行為に思わず頬が赤くなる。


「心配すること何もねーよ。あいつだって、もう子供じゃねぇーんだからな。」


そう言ったジャンの横顔にあの頃が見えた。憲兵団へ入ると言っていたジャンが、調査兵団を選んで。巨人と戦う度に大切な仲間を失って。それでも、戦うことをやめなかった結果が今だ。これが正解か何て誰にも分からない。でも、今こうして生きていることが私達の戦った証だ。


「…あの、何だ…マルコが訓練兵団に行けば、色々と余裕が出来るだろ…それで、巨人を絶滅させられたら、久しぶりに二人でどっか行かねーか…。」


ポリポリと頬をかくのは照れている証拠。そんななんてことないことすら愛しい。返事の代わりに抱きしめるとそれに背中を回して答えてくれる。種のないところに芽は出ない。芽はまた、大きな花を咲かせる。未来は、きっと明るい。




[戻る]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -