kuzu

Short story

2


「おめでとうございます!三ヶ月目ですよ。」


ゴーーーン、と静かに心の中で鐘が聞こえた気がした。目の前の医者は説明を続ける。それを右から左へ聞き流しながら、ぼんやりと私は考えた。どうしてこうなった。私はただ、半月後に控える壁外調査に備え、体調を万全にしておくために、ここに来たのだ。しかし、思い当たる節がないと言えば嘘になる。大喰らいの私が食が細くなったり、原因不明の嘔吐や腹痛だってあった。そもそも、ここへ来たのはそれが理由だ。てっきり食当たりか何かだと思っていたのに、まさか…。一体いつの間に…?そう言えば、前回の壁外調査後、やたら盛り上がった日があった。きっとその日だ。火のない所に煙は立たない。種のないところに芽は出ない。意図的に種を蒔いたのは、紛れもない私達だ。いや、正確に言うとあの男だ。それより、半月後の壁外調査はどうする…?いや、それどころじゃない。調査兵団は…?や、やめる…?


グルグルと、答えのでない悩みが心を駆け巡る。自分の左手薬指に感じる重みが、それをストップさせた。このことを言ったら…あの人は、何て言うかな。


次回はお父さんになる方とご一緒に来てください、と言われ医院を後にする。外に出て深呼吸をすると、それだけで先程色々考えていたものがクリアになった気がする。今はただのぺたんこなお腹をさすってみる。この中に、新しい命が…。そう思うと無償にあの人相の悪い顔を見たくなり、その姿を探す。


「ってめぇ、っざけんなよ!!」
「お前こそ何ふざけたこと言ってやがる!!」


そのガラの悪い大きな声は、探さずとも彼がそこにいると知らせてくれた。エレンの胸ぐらを掴む頭一つ高いその姿を見て、ため息が出る。それはその周りにいる仲間たちも同じようだ。何年経っても、この関係は変わらないらしい。


「ジャン、エレンを掴むのはやめて。」
「ミカサ、お前には関係ねぇ。」
「ジャン、もうやめなよ。」


突然現れた私に、そこにいた全員が一斉に振り向く。驚いたからなのか私の言うことを聞いてくれたのか、どちらから分からないけど、とりあえずエレンの胸元からジャンの手が離れる。ミカサが深いため息をつく。


「ジャンはナマエの尻に敷かれている。暴走したジャンを止められるのは、ナマエだけ。」


ミカサがそう言うと周りがドッと笑い出し、かかあ天下だなジャン!、とコニーが囃し立てる。ジャンは耳まで真っ赤にさせて俯く。その姿が堪らなく愛しい。ジャン、私ね、


「なっ、何すんだナマエ!!!」


言葉に出来ない代わりに、ジャンにぎゅっと抱き着くと、普段人前でこんなことをしない私にひどく驚いた。周りの冷やかしが一段と大きくなる。


「ジャン、大事な話があるの。ちょっと、席外せる?」


私のこの声にヒューヒューと一昔前のような冷やかしが静まった。ジャンの胸元に顔を埋めているから分からないけど、きっと今のジャンはさっき以上に顔が赤いと思う。


「なっ、なんだよ…用があるならここで言えよな。辛気臭ェ。」
「……ここで、いいの?」


遠慮がちに私の背中に片腕を回しながら、もう片方の手でポリポリと自分の頬をかく。やっぱり、その顔はさっきよりも真っ赤で。そう言えば、ジャンが始めて私に気持ちを伝えてくれた時も、おんなじ顔してたな。あ、告白してくれた時もだ。あれから幾年も過ぎて。私達は大事な仲間をたくさん失って。自分達自身も何度も危ない目に遭って。でも、私達は今、ここに生きてる。当たり前のことだけどそう思うと視界がゆがんでくる。ジャン、私ね、


「っ…!な、何で泣いてんだよ…何かあったか?」
「ジャン、私ね…お母さんになるの。ジャンは、お父さんだよ。」
「!!!」


私の泣きながらの告白に静まった周囲は、それ以上に静まり返った。その一秒後、えぇーーー!!!と周りを劈くような大声が聞こえまたガヤガヤと、騒がしさを取り戻す。


「お、おおおお母さん?!?!ということはあれか、お母さんなのか?!」
「ちょっとコニー何言ってるか分からないですよ!!ラナマエ、お母さんと言うことは、つまりお母さんと言うことですよね?!?!」
「君も同じこと言ってるよ、サシャ。でもナマエがお母さんになるなんて…びっくりだ!おめでとう!!」
「ナマエがお母さん…でも何でお母さんになるんだ?」
「エレンは、知らなくていい。」


コニー、サシャ、アルミン、エレン、ミカサ、とその場にいた仲間たちが続々と言葉をかけてくれる。でも、肝心のお、お父さんは何も言わない。もしかして、予定外?早すぎた?恐る恐る顔を上げると…、


「…!ジ、ジャン…」


あのジャンが、泣いていた。笑っていても悪人面の顔が、私も見たことないくらい優しい顔をしている。


「ナマエ…ありがとう。そ、その…お前も、お腹の子も、俺が幸せにする。俺が守る。絶対にだ。」


そう言って抱きしめる私に力を込める。あぁ私、とっても幸せだ。ジャンでよかった。ジャンが、よかった。


「あ、あのよ…これはずっと考えてたことなんだが…もし、お腹の子が男なら…俺、付けたい名前があって…」
「そ、それ私もだよ、ジャン…。きっと、同じ名前だと思う。」


新しい一つの命を喜ぶには、私達はあまりにも大切な仲間の多くの命を失いすぎた。でも、失っただけじゃない。こうやって、得るものだってある。それが続く限り、私達は闘うのをやめない。


「ジャンと私の子なら、きっと兵士のサラブレッドだね!ジャンだけに。」
「あ?お前それ何が言いてぇーんだ?」


私の一言に、周囲はまた笑い出す。未来は、きっと明るい。




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