kuzu

Short story

何のために、


「きゃゃぁぁああ……!!!」


悲鳴が聞こえた時はもう遅かった。その声に思わず振り向いた僕は、ライナーの制止も聞かずにアンカーを打ち直し元来た方へと戻る。さっき僕を喰い損ねた巨人が、新しい獲物を見つけたみたいだ。こんなことになるなら、僕が大人しく喰われておけばよかったとすら思う。そう、君を失うくらいなら。


力の限りそれの項を削ぐと、奴は力を失い地面へとひれ伏せた。それより前に、肩まで巨人の口に体を埋めたナマエを救い出す。顎の筋肉を削げばそれ自体は簡単だった。ただ、力を失った人の体を巨人を避けながら運ぶのは容易ではない。いや、正確には"僕のまま"だと、だ。少しきつい体制を取りながら、右手を唇に近付けると「何やってんだお前!!」と罵声が聞こえてきた。


「ここはトロスト区だぞ!!巨人に気が向いているとは言え、誰かに見られたら…、それにナマエはもう、」
「う、うるさい!!それ以上は言わないでくれ!!」
「………。」


すっかり取り乱してしまった僕に、ライナーは黙り込んだ。とりあえず、みんなのところへ行こう、と言葉を続け僕は再びガスを吹かす。少し向こうの屋根に見慣れた姿を何人か確認することが出来た。


「…ナマエ!!そんな…っ!」
「ねぇ、起きてよナマエ…!」


仲間たちが懸命に声をかける中、僕は必死に救急処置を施す。微かだが、まだ息をしている。僅かな望みを信じ、僕はナマエの唇へと自分のそれを近付けた。


「……っう、…っ、ごほっ、ごほっ…」


すると僕の願いが通じたのかナマエがぼんやりと目を開けた。通常の三分の一ほどしか開いていないその瞳いっぱいに僕が映っているのが見えて、それだけで不謹慎だけどドキドキしてしまう。君は最初に写った光景が僕でびっくりしたかもしれないね。僕はナマエと掃除や調理の班がたまたま一緒になった時以外は、まともに話したことがなかったしもしかすると名前すら覚えてもらっていなかったかも知れない。君に近付く勇気も資格も、僕なんかには到底ないと思っていたんだ。だけど、僕を見て最初に君はこう言ったんだ。


「ベル…トルト…?」
「…!あ、ああ…。」


まさか君の口から僕の名前が一番に出てくるとは思わなくて言葉に詰まる。そのあと、すぐに仲間たちが声をかけ僕は何も言えずじまいだったけど、か細いナマエの声が再び僕の名を呼んで、またその瞳に僕を捉えた。


「ベルトルト…さっきは、助けくれて…あり、がとう…。ベルトルトのお陰で…貴方に、言いたかったことが…伝えられるなんて、ね…。」


ふふふ、と力なく笑った顔は、やっぱりこんな時ですら美しいと思ってしまう。


「私、ね…実は、ベルトルトのことが…好き、だったんだよ…?…びっくりした?ふふふ、…だけどね、こんなことになるなら…もっと、たくさん…、」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!ぼ、僕だって君のことが…!す、」
「だめ…それ以上は、言っちゃ…。ベルトルトは、これから先も…たくさん生きてね…。それで、大切な人を見つけて…?それで、巨人の居ない世界で、幸せに、」
「なっ、何でそんなこと言うんだ…!僕は君と一緒に、」
「ううん…私はもう、だめなの…。一つだけ、…お願いしてもいい…?」


そう言って震える手で、僕の手を握ると、僕の大好きな柔らかい笑顔を見せた。


「…みんなの、幸せのために…ベルトルトの、幸せのために…早く、巨人を一匹残らず…倒して、ね?」


そう言ってナマエは目を閉じた。弱々しく握られた手の力が徐々に抜けて行く。僕たちに気を遣ったのか、それともナマエの最期の姿を見ていられなかったのか、気付けば僕たちの周りには誰も居なかった。少し離れた場所で僕たちのやり取りを聞いていたらしいライナーが近付いてくる。


「…………。」
「…………。」


お互い何も話さず、ナマエの顔を見つめていた。眠っていると言われても分からないくらい、それは穏やかで、美しかった。


「ライナー…僕たちは一体、何のために闘っているんだろうね…。」
「………さぁな。」


この言葉が戦士に対してなのか、兵士に対してなのか、僕本人にも分からなかった。




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