4月3日。何の変哲もない今日を迎えた私たちだが、まさに今から生死を賭けた戦いが始まるのではと思わせるほど、各々の顔は真剣そのものだった。巨人を削ぐブレードを彷彿させるような手つき(昔はそんな時代もあったらしい。リヴァイ先生に習った。)で、みな両手にクラッカーを握る。企画をしたのは他ならぬ私だが、作戦を考えたのはアルミンだ。彼の額に汗が浮かんでいるのが見える。そもそも、あれだけ普段仲の悪い二人が並んでこの教室の扉を開けるなんてこと、あり得るのだろうか…。いや、ここはこのクラス一の秀才である彼が練った作戦を信じるしかない。
バタバタとこちらへ走ってくる複数の足音が聞こえ、皆の顔を見渡す。真顔で少し怖いライナー。その横でタイミングを逃すまいといつも以上に冷や汗をかくベルトルト。マルコは、アルミンと同じように少し不安そうな表情を浮かべている。今にも教室中央に置いてあるケーキに襲いかかりそうなサシャに、この事態が面白くて堪らないのか、笑いを堪えるのに必死なコニー。何やらよからぬことを考えていそうなユミルに、それをやめさせようとしているクリスタだ。そして私と同じ心持ちであろうミカサは、相変わらずのポーカーフェイスであまり何を考えているのか分からないけど、この企画を話したときに一番乗り気だったのは彼女だ。何せ、彼氏のエレンが自分自身の誕生日を忘れていて当日ミカサに言われるまで気付かなかったために、みんなでお祝いすることが出来なかったのだ。
「…来たぞ!」
こっそり窓から覗いていたライナーが囁いたのと、教室の扉がガラッと乱暴に開かれたのはほぼ同時だった。ライナーの合図に、長身のベルトルトが扉の上にあった薬玉の紐を引くと見事作戦通り、その中にあったカラフルな紙吹雪はこのクラス一仲の悪いコンビの頭上へと舞い降りた。この二人が並んでいる絵なんて、きっとそうそうお目にかかれないだろう。
「「「エレン、ジャン!!お誕生日おめでとう!!!」」」
驚く二人に追い打ちをかけるように、全方向からクラッカーを向けると、先程の何倍ものの紙吹雪が今度は二人の頭上だけでなく全身を襲った。もう二人がどんな色の服を着て、今どんな表情をしているのかすら私たちには見ることが出来ない。
「なっ、何だよコレ…!」
「てめーら一体何してやがる!?」
まだイマイチ状況を掴めていない二人に、私とミカサが走り寄り体についた紙吹雪を取ってあげると、そこから見えた光景にようやく状況が飲み込めたのか二人は照れたような表情を見せた。さっきの反応といい、二人は仲が悪いくせにどこか似ているところがある。
「これは…俺たちのために…?」
「おいおい、俺の誕生日はまだだぞ!」
顔を真っ赤にさせて嬉しそうな表情を浮かべるエレンに、照れ隠しにわざとムッとした表情を浮かべようとするジャン。我が彼氏ながら、その言い方はないでしょと思うがこれがジャン流の照れ隠しであることはみんな分かっているのであえて誰もあえて何も言わない。
「エレンの誕生日をみんなで祝うことが出来なかった。それに…もうすぐジャンの誕生日。だから、ナマエがこれを思いついた。」
「ミカサ、でも作戦を立てたのはアルミンだよ!」
「ぼ、僕は何もしてないよ!ただ、」
「ちょっと!そんなことよりもうケーキ食べていいですか!?待ちくたびれましたよ!!」
「サシャ、てめぇ来る道でコンビニ寄ってパン買い食いしてたじゃねぇーか!」
一瞬の静寂のあと、いつも通りガヤガヤとうるさいクラスに戻るとジャンが私に声をかけた。
「ナマエ、お前がみんなにやろうって言ったのか?」
「そうだよ…。エレンの誕生日祝えなかったのもそうだけど…ジャンの誕生日当日は二人っきりでお祝いしたくて…でもみんなにも祝ってほしかったから、こうやって二人の誕生日の真ん中に、きゃっ!」
言葉がまだ終わらない内に、ジャンは私の肩を抱き寄せ自分の胸におさめた。ケーキについた蝋燭に火を灯そうとしていたマルコが、頬を染めているのがジャンの肩越しに見える。
「…あんまり、可愛いこと言うんじゃねーよ。でもよ…その、ありがとう、な。」
「…うん!少し早いけど、生まれてきてくれてありがとう、ジャン!!」
そう言うとジャンは染めた頬をいよいよ爆発でもしてしまうんじゃないか、と言うくらい更に赤く染めた。そして私の顎を手にとり、顔を近づけて来て…、
「邪魔してすまんが楽しみは当日に取っておけ、ジャン。一限が始まる前にケーキを食っちまわないと、これ以上サシャにおあずけは効かないぞ。」
私とジャンの唇がくっつく一秒前に、ライナーがジャンを制した。その横で、ベルトルトが残念そうに未使用のクラッカーを見つめている。薬玉を割っていたため、持っていたクラッカーを鳴らし損ねたみたいだ。
「チッ。せっかく用意してくれたケーキを全部サシャの奴に食われちまうのも納得いかねぇしな。」
そう言ってジャンは私から少し離れて、昨日私とミカサで作ったケーキの方へ向かった。既にマルコによって全ての蝋燭に火が灯っていて、今にも吹き消そうとするエレンをミカサが止めている。コニーとユミルもそれに便乗して、吹き消すような仕草をしていて、クリスタの可愛い頬は膨れっぱなしだ。
「ナマエも早くこっちに来てください!じゃないとナマエのケーキも食べちゃいますよ!!」
サシャに呼ばれ、私もジャンのあとに続く。それを一歩後ろから微笑ましそうに見ているアルミンに気が付いた。
「アルミン、ありがとうね!」
「え、僕?僕は何にも…。」
「うんうん、二人を同時にここへ連れてきてくれたのはアルミンだよ!普段あれだけ仲悪いのに、一体どんな魔法使ったら二人をここへ連れてきて、同時にドアを開けさせるなんてことが出来たの?」
「魔法だなんて大袈裟だよ…。僕はただ『今日の日直だったナマエとミカサは、みんなより早く一限の体育の更衣をしなきゃいけなくて教室で着替えてるみたいだよ、早くしないと他の男子も入ってきちゃうのにね。』って言ったんだ。こう言えば、二人の彼氏であるジャンやエレンは、他の男子に二人の着替えを見られたくなくて飛んでくるだろうって思ったんだ。」
そう言ったアルミンはニコッと笑ってケーキの方へ向かった。さすが、クラス一の秀才だ。アルミンの誕生日の作戦は、エルヴィン先生の知恵を借りないと成功しないかもな、なんて思いながら私も本日の主役の方へと足を運んだ。