kuzu

Short story

さよならなんて言わないで


「んんっ…」


重い瞼を開けると大好きな人の顔が飛び込んできた。背景は、雲一つない青空。まるで、飛んでるみたいだ。私、まだ夢でも見てるのかな。しかし、眼前に広がるベルトルトの異常なほどの焦っている姿と、どうやら私を横抱きしているらしい彼のぬくもりを感じ、これは現実であると悟る。えっと、何でこうなったんだっけ。


ウトガルド城跡で命からがら生き延びた私たちは、ウォールローゼの壁上で待機していたんだった。今思えば私もベルトルトも、他の同期たちもよく生きて帰って来れたと思う。夜は訓練兵時代からの付き合いである私たちに気を使って、みんなが隣同士で寝させてくれたんだっけ。何時になく照れていたベルトルトはすごく可愛かった。そのくせ寝ちゃえば今度は私にぴったり抱きついて離れないんだもん、今度は私が照れる番だった。「いつか一緒に僕の故郷へ来てくれる?」なんてプロポーズまがいの告白をされてから、もう随分経ったけど私たちは未だにみんなの前で特別扱いされるとすごく照れてしまう。そんなことを考えていると、胸がこそばゆくなってきたけど当の本人は、私が目を覚ましたことにも気付かないほどまっすぐ前を見ている。その先に何が…?そういえば、何かに揺られている気がする。ベルトルトの視線の先を見て、ハッとした。


私は今、鎧の巨人の肩の上にいる。その衝撃的な事実に気付いた途端、今自分の置かれている状況を思い出す。ウォールローゼ壁上で待機中、いきなり鎧の巨人と超大型巨人が現れて私は超大型巨人に食べられて…そこからの記憶がない。


「あっ…!ナマエ、起きた?痛いところはない?さっきはいきなり食べちゃってごめんね。」


私が目を覚ましたことにやっと気付いたベルトルトは、少し焦った表情を和らげて私にいつもの笑顔を見せた。"さっきはいきなり食べちゃってごめんね"…?それじゃあまるで、ベルトルトが、


その瞬間、彼の肩越しに地上からこちらへ向かってくる小さな軍団を見つけた。あの深緑のマントは、見間違えるはずもなく…"私たち"だ。


「…!あれは、調査兵団…!ねぇベルトルト、一体どうなってるの?意味分からないよ!何で私たちこんなところに居るの?!食べちゃってごめんってどういう意味?!早くみんなのところに帰ろう…?」
「………ごめん、それはできない。」


まだまだゆっくりとしか回転しない頭でも、一連の出来事とベルトルトの表情で次に出てくる言葉がなんとなく読める。いや、でもまさかそんなはずはない。ベルトルトに限って、そんな…、


「ねぇナマエ?いつか君に言った"一緒に故郷へ来てくれる?"って言葉、覚えてる?…それが、今なんだよ。心配しないで、ナマエのことは僕が命を懸けて守るから。ただ…ね?もう少しだけ、眠っててもらえる…?」


そう言ってベルトルトは私に拳を振り上げた。何で?どうして?その問いに彼は悲しそうに微笑んだ。その瞬間、


「ひっ…!」


ベルトルトが鎧の巨人に背を向ける形で後ろを向き、そこへ飛んできた誰かに一瞬怯んだ。その隙に私はベルトルトから無理やり離れる。


「ライナー!守ってくれ!」


ギュッとベルトルトに抱き寄せられるのと、ライナーと呼ばれた鎧の巨人が掌で私たちを包んだのはほぼ同時だった。嫌な予感ばかりが当たり、言葉が出ない。わずかな指の隙間から焦った様子のミカサが見えた。ベルトルトの背中には先程からずっとおぶさっていたらしいエレンが足で必死に対抗する。そこへみんながやって来た。


「誰がっ…人なんか殺したいと思うんだ!…嘘じゃないんだ!確かにみんな騙した…けど全てが嘘じゃない!本当に仲間だとおもってたよ!」
「私のことは…?」


私が口を開いた瞬間、みんながハッと黙り込んだ。どうやらみんなは私と共に攫われたエレンを奪還するためにやって来たらしい。それがみんなの任務だ。それなら私にだって出来ることがあるはずだ。


「私のことも、全部嘘だったの…?」
「そっ、そんなはずないじゃないか!」


そう言うとベルトルトは先程抱き寄せた私をより強く抱き締めた。いつもならこんなこと、絶対人前でしないのに。


「何のために、あの時危険を冒して君を攫ったと思ってるんだ…!ナマエ、全部嘘じゃない。信じられないだろうけど、でも信じてくれ…!本当に、僕はナマエのことが好きなんだ…だから、一緒に故郷へ来て欲しい。」
「そ、そんな…」
「選んでくれ、今すぐ。僕か、調査兵団か。でないと僕は…また君を無理にでも連れて行ってしまう…。」
「………。」
「頼む…ナマエ…お願いだ…。」


そう言ってベルトルトは私に唇を寄せた。咄嗟のことで開けたままの目には、鎧の巨人ことライナーの指の隙間から、先程から何も変わらない澄んだ青空が見える。左胸に刻まれた自由の翼は、このどこまでも広がる青空を飛ぶためにあるんだ。


「…よく聞いて、ベルトルト。私も貴方のことが大好き。だけど、私はベルトルトの彼女である前に…心臓を捧げた、兵士だよ?」


ハッとした顔で私を見るベルトルト。何かを話そうと口を開いた瞬間、四方八方から巨人の大群が押しかけてきた。


「きゃあっ…!!」


ライナーもその対応に追われ、私達を包んでいた手を離し応戦する。ベルトルトも、話しかけた口をまた閉じ、私を再度抱きしめて振り落とされないように支えるので必死のようだ。


「ナマエ…頼む、僕らを見つけてくれ…!」
「…なに?どういう意味…?私…行かなきゃ…!」


一旦引いたみんなが再度やって来るのが見えて、ゆっくりとベルトルトから離れる。


「あっ…、」


腕からゆっくりと離れる時、ベルトルトが私の右手を掴んだ。私に気持ちを告げてくれたときのように、きつく握り締められる。


「いつか…必ず…また…!!」


とうとう私はベルトルトの言葉を最後まで聞くことが出来なかった。飛んできたエルヴィン団長がベルトルトの胸に縛られたエレンの紐を引き裂き、エレンが落下したと同時にジャンの「ナマエ、今だ!飛べ!」と言う言葉が聞こえ、それに反応して咄嗟にそれに従っていた。落ちたエレンはミカサが、私のことはジャンがキャッチし「総員撤退!!」の言葉と共に私たちはどんどんライナーやベルトルト達から遠ざかる。


「……うぅっ…ひっく…!」


涙でぼやけた視界に、愛しいあの人が写った。




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