きらびやかな宴。
輝くシャンデリア。
跳ね回る澄んだ音階。
花の様に咲く色とりどりドレス。

私はいつもの様に壁に持たれて人の群れを見つめる。曰く壁の花と言うやつだ。
けれど別に誰か素敵な男性との縁を望んで居るわけでもなく、かといって同性の下らない噂話に混じる訳でもなくただ、過ぎる景色を見つめるだけ……。

貴族のたしなみ。
ただ、それだけの理由で時間の浪費をしているのだ。なんて下らないんだろう。
だからいつの間にか横に居た馴染みのない男の存在に全く気付かなかったのだ。

「踊らないのかい?」

「え?」

急に声を掛けられ間抜けな声が出た。

「せっかく来たのにさっきからずっとぼんやりしてたからね。」

少し、東洋訛りのある男。
美しい黒い髪が綺麗に揃えられている。

「退屈なのよ、とても……。」

またぼんやりと人の群れに視線を戻す。

「なら、我と来ないかい?」

目を細めた男はまるで猫の様だ。
まるで何かに誘われる様に男の手を取る。

「ふふふ、君はいい子だね。」

引き寄せられて腕の中に閉じ込められた途端にチクリ、とした痛みが首筋に走る。
最後に見えた彼の顔はニマリと歪んだ口元だけだった。



カラカラカラと馬車が走る。
乗っているのは劉と藍猫。そしてぐったりとしたナナシは劉の膝に頭を預け深い眠りについている。

「………………」

「なんだい、藍猫。何か質問でもあるのかい?」

藍猫の瞳は劉の膝に眠るナナシに向けられて居る。

「嗚呼、彼女かい?
凄く我好みの子だったからね、つい連れて帰って来ちゃったよ。」

ナナシの頭を撫でながらそう言う劉はまるで新しいペットでも与えられた子供の顔をしている。

「せっかく、英国に来たからね。
毛色の違う猫を飼いたくなったのさ……」

窖に連れ帰ってどうしようか?
首に鈴つきの首輪を着けて藍猫と揃いのチャイナ服でも着せようか?
それとも新しいドレスを与えて貴婦人に仕立て側に侍らせようか?

「楽しみだねぇ……」

独り言のように呟いた言葉に応える声はない。
ひっそりと闇に紛れて消えた馬車を探す術さえも……。
そして、女は囚われる。
底知れぬ闇を持つ男に。
パーティー会場には、そんな牙を隠す獣が潜んでいるかもしれない。


end.

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