没落王子

 


 僕の父はまぁなんというか、純朴さだけが取り柄の人だ。
 だからこそ叔父さん(父からすれば実の弟に当たる)と共同運営していた会社を乗っ取られたときには、あぁ父さんらしいなと思いこそしたけど、これといった驚きはなかった。

 あっさり経営に携わる権利を根こそぎ奪われ、会社から追い出され、それどころか嫌がらせ的に巨額の借金まで背負わされることになった父は、それでも叔父を恨んだりしなかった。
 この上なく完璧に騙されたというのに、父はまるでそれが自然災害であったかのように言う。曰く、仕方のないことだ、と。

 ただ、父の菩薩のような(というか、おめでたい)気持ちとは裏腹に、生活は文字通り一変した。お金になりそうな家財道具は全て売り払う必要があったし、住居を含めた土地も早々に手放すことになった。
 それなりに、いや、世間一般的にはかなり恵まれていた生活はあっという間に崩れ去ったのである。

 形のある財産の殆どを犠牲に、なんとか借金を返し終えた父は現在、母と共に都心から離れた片田舎で慎ましい生活を送っているらしい。
 なんとか次なる仕事も見つかり、路頭に迷うという事態だけは避けられたみたいだ。

 ちなみに「らしい」「みたい」という伝聞系でしか語れないのは、僕が今現在全寮制の私立高校に在籍しており、父と母の新居を実際に見る機会がまだ訪れていないからだ。
 でも多分、電話で聞いた通り、慎ましくも幸せに暮らしているであろうことは疑う余地もない。父も母も、純朴かつ呑気なのである。そこらへんの心配は全くしていない。
 案外、今の暮らしの方が合ってるのかもしれないとも思う。なんか楽しそうだったし。

 そんな怒濤の変化があった当時、僕は高校一年生だった。秋の終わりの頃だったはずだ。

 無理して平均よりかなり高い授業料や寮費を払う必要はないだろうと公立高校に転校するか、いっそ働こうと考えていたのだけれど、当時の担任が成績上位者に適応される特待生制度を紹介してくれた。というか、強引なぐらいの勢いで勧められた。

 わりと真面目に勉学には打ち込んできたので成績は悪くなかったし、素直にもう少し学びたい気持ちもあった。
 加えてこの就職難の時代に中卒は心もとなさすぎるという担任の意見はもっともで、僕は自主退学という選択肢を見送った。
 両親もできることならばその方がいいと言ってくれたのはありがたかった。

 そんなわけで、授業料だけでなく、寮費や雑費までも援助してもらえるということで、結構なお家騒動があったわりには、意外なほど以前とそう変わらない生活を続けることができている。

 まぁ、おかげで慎ましい懐具合にもかかわらず、日本でもトップレベルの学校に在籍し続けることになってしまったわけだが。

 別に肩身が狭い、とかそういうことは特に気にならないけれど、周囲からの好奇の視線には一応気づいている。
 同情か、嘲笑か。よく分からないけれど、居心地はよくないことは確かだ。

 でも、結局は僕も父の息子なわけで。無料で授業が受けられ、屋根のある部屋で快適に生活できるならいいじゃんってな具合に開き直ったから問題は何もなかった。


 そんな出来事から早半年、僕は二年に進級し、概ね以前と同じ学園生活を過ごしている。




人呼んで、没落王子

back
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -