星願・教神…番外編 | ナノ

▽ 聖夜におけるちょっとした事件


教神本編の12/24の夜、こんなことがありました。




「そろそろ寝ようか」
「ふぁい」

吉田は半分以上閉じている瞼をこすりながら頷いた。高校生が寝るにしては少し早い時間だが、今日一日はしゃぎ過ぎたせいでもう夢の世界の住人になりかけている。

沢地はそんな吉田の様子にデレッとしまりのない顔をする。
一人っ子のわりに兄気質なところがある沢地にとって幼い仕草は愛玩の対象らしい。
もっとも、年下だからといって誰でも可愛がるほどの博愛主義者ではないことは吉田以外にはよく知られていることなのだが。

「あ……その前にトイレ借りまーす」
「転ばないように足元気をつけて、すごく散らかってるから」

授業中の小学生のように挙手して宣言する吉田。首がこっくりこっくり揺れていて、本当に幼く見える。
沢地は男子高校生のあどけない仕草に顔をしかめるどころか、某絶賛反抗期中の灰色髪の彼が見たら砂を吐きそうな笑顔を浮かべる。

クリスマス・イヴだから、なんて理由で沢地がにここまで浮かれるはずがない。
数時間前、二人で作ったロールキャベツと鳥の唐揚げを食べていたとき、「俺、こんなに楽しいクリスマスは初めてだよ」と吉田を慌てさせていたりしたが、まぁつまりそういうことだった。

「はい…気をつけます」

沢地が貸したスウェットはどうやら吉田にはかなり大きいらしく、裾を踏みながら物の散乱した部屋をヨタヨタした歩みで進まれると心配で仕方ない。
転んだらどうしよう。なんて具合だ。

もし吉田が覚醒状態なら「どんだけ過保護なんですか」とツッコミを入れてくれたかもしれないが、残念ながら意識が半分ない以上それはかなわなかった。

パタン、とトイレのドアが閉まるのを確認してから沢地はいそいそと散らかった部屋を片付けていく。
特に吉田が通りそうな場所に躓きそうなものがあれば、無理矢理端に寄せていく。わりと何事も器用にこなす沢地だが、母親似らしく片付け等は得意ではなので実に豪快だった。

それでも膝歩きで部屋を動き回る様子は健気といえば健気である。
しかし、残念ながらそんな沢地の精一杯の優しさも、吉田の鈍くささには勝てなかった。

「トイレありがとうございました………うわっ!」
「吉田くん!」

スッキリしたせいか先程よりいくらか目を開けた吉田が部屋に戻ってきたが、爽やかな顔をしていたのは一瞬だけだった。

それは見事に、少々長すぎたスウェットの裾を踏んづけてしまったのだ。
そのままバランスを崩し、脇に積まれた服の山に足をとられる。それを回避するために上体を捻り、もう一度裾を踏む。

「……あれ」

そして悲劇は起きた。

転倒こそ免れたが、踏んづけたスウェットがその勢いで見事なまでにスポーンと脱げてしまったのだ。

沢地はしばらく呆然と白い太ももを見つめていた。一体何が起こったのかまるで理解できなかった。

「………うぇ?」
「……み、見てないから!」

沢地は同じく状況を理解できていない吉田より一瞬早く正気に戻った。
しかし動揺が丸出しで、言動がちぐはぐだった。つまり、力強く言い放ったわりにガン見だったのである。

ズボンだけでなく上着も長すぎるので、無地のスウェットがワンピースのようになってしまっている吉田。
おかげで大事な部分を守る布地は隠れていたが、ひょろっとした太ももやら膝小僧なんかが丸見えだ。

なんか……いい。
はっ、俺何を…!

沢地は首が取れそうなくらいの勢いで横を向く。何も見てない、見てない。と自己暗示をかけるが、帰宅部らしい、白くて細っこい太ももが頭から離れない。
散々見ておいてから今更だった。

「お見苦しいものを……すみません」
「いや、なかなかいい太ももだった!」
「み、見てないって言ったのに…!」

ようやく事態の滑稽さに気づいた吉田は顔を真っ赤にさせてズボンを引き上げるが、ゴムが切れてしまったのか、引き上げた途端に再びスポーンと下がっていく。

太もも、再臨。
もうここまで行くとコントのようだが、吉田は真剣だ。

「……うぇ…」
「な、泣かないで」

恥ずかしさのあまり涙目になる吉田。
ズボンを引き上げることを諦め、床に座り込んで上着を伸ばしてみるが、一生懸命になればなるほど妙な光景になってしまっている。

「こんな痴態を…死にたい」
「す、すごくいいもの見せてもらったよ!」
「男のパンツがですか?」
「パンツは見えなかった!」

沢地がフォローするものの吉田の顔が歪んでいく。
当然だ、全くフォローになっていない。

「……こんな間抜けなところ沢地さんに見られるなんて…もうやだ恥ずかしい切腹したい母胎回帰したい」

ぴぃぴぃ喚く吉田。尊敬する沢地にとんだ失態を見られ、忸怩たるものがあるらしい。

といっても、眠さのあまりグズる子どもとかわらないのだが、沢地にはそれが分からない。要は眠すぎて不機嫌なだけで、朝になればケロリとしている程度のものなのだが。

喚いている間にますます眠気が襲い、顔がムゥと膨れているのがその証拠である。パタパタと掌で床を叩いて、不機嫌さを振りまく様子は罠にかかった狸のようだった。

沢地は段々いかんともしがたい思いにかられる。
足首のところにたまったズボン。女の子のようなペッタン座り。上着の裾を必死で伸ばす手とそれを覆う長い袖。
涙目。上目遣い。乱れた吐息。気怠げな表情。

「……寝よう」

かわいく思えてしまった。それも年下をかわいがるような爽やかな意味ではなく。

これ以上この空気に触れていると、とんでもないことになりそうな気がして沢地はもの凄い素早さで電気を消してから敷いておいた布団に潜り込んだ。

「ほら吉田くんも早く寝て」
「…はい」

泣き喚きすぎて疲れたのか、吉田は素直に沢地の隣の布団に入った。
相変わらずズボンは頼りなかったが、ひとまず横になれば脱げることはない。

「…今のは絶対に秘密にしてくださいよ…ブログとかに書いちゃダメですからね」
「ブログやってないから」
「ツイッターで呟くのもダメです。吉田ズボンずり落ちなう、とかナシですよ」
「ツイッターもやってないから」

すっぽり布団を被った沢地はとりあえず頷くしかなかった。






おわぁあああああ!

(……すごい夢みた)
(どんなですか?)
(………さぁ、忘れちゃった)
(なんですか、それ)

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