星願・教神…番外編 | ナノ

▽ 恋人とその兄とクリスマス


晴巳の兄、葵さん再登場の巻。恋人とその兄(ブラコン)と一緒のクリスマスにどうする一真ってお話。




何がどうしてこうなった。
一真はかつてない危機的状況に本気で逃げ出したくなっていた。

「一真くんはいつ頃から晴巳と仲良かったの?」
「中学3年の頃、から、です」
「へぇ、切っ掛けとか聞いてもいい?」

足を突っ込んだコタツは適温なのに、妙な汗が止まらない。一真は死にかけの形相でこの場を切り抜ける言葉を探す。
「聞いてもいい?」と疑問の形を取っているものの、恋人の兄である葵が醸す雰囲気は「言えよ」という命令形だ。
しかし、こんな空気でありのままの真実など言えるはずもなく。

もう、気を失いたいぐらいの緊張感だった。








今日はクリスマス・イブ。一真は愛してやまない恋人と二人きりで過ごすつもりだった。
一真も晴巳もイベント事を重視するタイプではなかったため大袈裟なことを考えていたわけではない。
二人でケーキを選んでいる辺り、全く興味がないわけでもなかったが。

夕飯のメニューは湯豆腐でありクリスマスにかすってもいなかったが、恋人の手料理に一真は何一つ不満を抱かず、デレッデレで台所に立つ晴巳の後ろ姿を眺めていた。のだが予想外の事態が発生した。

と、いうのも葵が帰宅してしまったのだ。
晴巳が「兄貴泊まりで飲み会らしいし、たまには俺の家に行く?」と提案したため珍しく晴巳の家で湯豆腐の準備に勤しんでいたところ、このような結果になってしまった。

飲み会の会場に予定していた家の持ち主が風邪をひいたために延期になって帰ってきた。というありがちだが、運のなさを嘆きたくなる話だった。

それからの経緯は、何の矛盾もない極自然な流れだった。ここは堤家であり、その家の長男が夕飯に同席するのは至って普通なことだった。
むしろ仲良く会話する兄弟を前に、お邪魔しているのは自分の方ではないかと一真は疎外感に落ち込んだりした。

決して晴巳の兄である葵が嫌いなわけではない。大切な人の兄なのだから出来れば穏やかな関係を築きたいと思っているぐらいだ。
問題は恐らく当の葵が一真を嫌っているということだった。

一真が初めて葵と会ったのは今から半年ほど前だ。
そのときはカレーをご馳走になったわけだが、優しげな笑みの裏に潜むやんわりとした敵意に気づかないほど一真は鈍くなかった。
どうやら確信は持てずとも、弟とはただの友達でないことは感づいているらしい。それが気に入らないのか、はたまた試しているのか、葵は時折値踏みするような視線を一真に向ける。

先程の会話もそうだ。葵は眼鏡の似合う知的な顔立ちをしているが、頭の出来も見た目を裏切らないらしい。会話の端々から失言を狙われているようで心臓に悪いことこの上ない。

「兄貴、あんまり一真に絡むなよ」
「お話してただけだよ?」
「困らすようなこと言ってない? 一真見た目よりナイーブなんだから」

ヒヨコ柄の可愛らしい鍋つかみを使って鍋を運んできた晴巳が笑う。

猛烈な腹のさぐり合いに気付いてはいない様子だが、正しく天の助けだった。一真は露骨にほっとした顔を見せる。

「困らせることなんて……二人の出会いについて聞いてただけだよ?」

少し意地悪そうな笑みを浮かべた葵。悪巧みをする時の兄弟の顔はよく似ていたが、それを面白がる余裕など一真にはなかった。

「で、出会いって……」

一方、一瞬にして血色が良くなった晴巳は、土鍋を机の上の鍋敷きに乗せると「ぽ、ぽ、ポン酢取ってくる」と分かりやすい動揺を見せた。
その様子ときたらいつもの冷静さなど皆無で、「可愛い」の一言に尽きると一真は思ったが喜んでばかりもいられない。

晴巳が逃げるように台所に引っ込んでしまい、食卓には重圧感のある沈黙が降りてきた。

「……ふぅん」

聞いたこともないくらい、感情の籠もらない「ふぅん」だった。

「湯豆腐美味そうっすね!」などと気軽に発言して空気を変えられたら良かったのだが、一真にはそんな会話スキルなど搭載されていない。真顔で固まるのが精一杯だった。

「……た、食べようか」

ポン酢を手に戻ってきた晴巳がはにかんだ表情で席に座る。
どうやら照れているらしい。本日何回目かも分からない「可愛い」という感想を抱きながら、一真は箸を取った。

和やかなのかは疑問が残るが、「とりあえずつけとこっか」と晴巳がつけたテレビの賑やかなトークをBGMに夕飯が始まった。

「一真、豆腐入れてあげるよ。器貸して」
「あ、ああ」
「一真が入れると豆腐ボロボロになるし」

二人の天然で夫婦のようなやり取りに大抵の人間は砂を吐きそうになるかもしれない。それぐらいおめでたい空気が二人を包んでいた。

「晴巳も子どもの頃はよくお豆腐ボロボロにしてたのにね、大きくなったもんだね」
「……いつの話してんの?」
「あの頃はあの頃で可愛かったなー」
「そんなこと言われても」
「あ、今も可愛いことに変わりはないよ?」
「……それはどーも。あ、一真はい、これ」

しかし葵は非常に涼しい顔でその甘い空気をブチ壊した。挙げ句、他者を排除する雰囲気を醸すのだから相当な手練なのかもしれない。

会話の片手間に豆腐と白菜が入った器を返され、一真の落ち込みに拍車をかける。
晴巳は兄との想い出話を楽しんでおり、爽やかに忘れられた一真は無言であつあつの豆腐を噛み締めるしなかった。

舌を火傷する。何故か泣きたくなった。








第二回、堤葵VS会津一真は葵の全面勝利で終わった。

戦いの終わりは意外とあっさりしたものだった。まだ鍋に具がそこそこ残っている状態だったのだが、葵の携帯が何度も鳴り、渋々「ちょっと出掛けてくる」と言って席を立ったのだ。そのまま出かけたようで、玄関のドアの音を聞いたときに一真は安堵の息を漏らしたほどだった。
よって、水面下での攻防戦は時間にするとそう長いものではなかった。

しかし一真をグッタリさせるには十分だった。鍋の片付けなどを手伝いながら、緊張から解放された事実を噛みしめるが動揺はなかなか収まらない。

「兄貴がごめん。なんか今日はやけに結構お喋りだったね」
「……いや、…面白い人だと思う」
「まさか帰ってくるとは思ってなくてさー。あ、ケーキ食べる?」

申し訳なさそうにする晴巳の頭を撫でて、一真は出来るだけ優しい顔を意識した。繰り返すが一真としては仲良くできるものなら仲良くしたいのだ。

片付いたテーブルにケーキを運んで、「美味しそう」と常時より少しテンションの高い晴巳は文句なく可愛くて一真の顔が緩む。

まだまだ認められてはいないが、頑張ろう。誰に言うでもなく、一真はそう決心した。






「葵、飲み会始まってるから早く来いよ。何してんだ?」
「敢えていうなら邪魔してる、かな」
「は?」
「とりあえず敵のやる気は削いだから今から行くよ」

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