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バレンタインネタ。付き合ってます。 バレンタインデー。
男である晴巳は今まで特に強く意識することがない日だったが、それは去年までの話である。今の晴巳にとってはついにやって来た決戦の日であった。
「晴巳?」
「…何?」
「…いや、さっきから難しい顔してっから」
いつものように一真の部屋だった。コタツに入りながら適当なテレビを流し見し、晴巳と一真は夕飯を食べていた。
寒い日に相応しいドリアは晴巳がホワイトソースから手作りしたもので、小麦粉がダマにならずに仕上がったそれはちょっとした自信作だった。
「……何かあったのか」
「別に」
ばっさり切り捨てられた一真が無言で眉を少し垂れさせた。これは困った時の顔だ、など一目で分かるようになった晴巳は少し悪いことした気分になったが、どうしようもなく項垂れるしかなかった。
ああ、もうどうすればいいか分からない。それもこれも、全部お菓子メーカーの陰謀のせいだ。晴巳は大企業に責任転嫁をした。
2月の14日。世にいう、バレンタインデーであり、日本では女性が意中の男性にチョコレートを渡す日と広く知られているイベントである。
その定義が悪い、と晴巳は憤慨した。
晴巳の鞄の中には、昨日作ったチョコプリンが保冷剤と一緒に入っている。
今やバレンタインデーとは自分へのご褒美にチョコレートを購入するマイチョコ、友達と交換する友チョコ、など多様化しているが、その主役はあくまで女性であり、男子高校生の晴巳には縁遠いものだった。
勿論貰う側なら普通の話である。しかし、渡す側となると話が変わってくるのである。
吉田の口車に乗せられて作ってしまったチョコプリンを、一体どんな顔をして出せばいいのか、と晴巳は今になって尻込みしていた。
一真の家に来た時から頭の中はそればかりで、他のことが考えられないほどだった。
一真の口数が少ないのは元からだが、晴巳まで話す回数が減れば部屋は本当に静かになってしまい、テレビの音がやけに大きく響いた。
さらにその静かな空間の中、バラエティ番組が「今日はバレンタインデーですね」などと連発するのだから晴巳の気分はますます低下していく。
そんなことは分かってんだよ。問題はどう渡すかなんだ。考えすぎて晴巳は半分キレ気味だった。
画面上では「放課後、手紙で呼び出されて……」などというバレンタイントークが繰り広げられていた。甘酸っぱいトークだが晴巳の参考には全くならないのである。
チラリと一真を見てみるが、いつもと同じように興味があるのかないのかぼんやり画面を見ているだけだった。
自然に、本当に気軽に手土産感覚で先に出せば良かったかな。タイミングをミスったとしても、やり直しなんて無理だ。
今話題のアイドルが「結局渡せなくてぇ…」と寂しそうな顔で言っているのに共感に似た感情を抱いた晴巳は自分の女々しさに苛々しはじめていた。
「晴巳」
「…何?」
悶々。
バレンタインデーとは、こんなに難しいイベントだったのかと打ちひしがれていた晴巳は頭を抱えた。
「こっち来い」
「今無理」
一真が何か言っているのは分かったが、晴巳はそれどころではなかった。生返事を返し、作戦を練ろうとするがスタートをしくじったという事実が邪魔をして上手くまとまらない。
「晴巳」
「…!」
不意に腕を凄い力で引っ張られた。晴巳は一本釣りされたカツオのようにコタツから身体半分を引きずり出されて勢いよくフローリングに転がった。
がつん、と背中を打った。
「………一真?」
一真の顔が近い。あ、と晴巳が思った時にはちゅ、と可愛らしい音を立てキスをされていた。
突然の一真の行動と、逃げ場のない体勢に心臓がバクバク鳴った。
猛烈に恥ずかしかった。
「そんなテレビ夢中で見なくていいだろーが……俺がいんのに」
「は?」
「さっきから食い入るように画面見てただろ」
どうやら一真の目には、必死に作戦を考えていた晴巳の様子が食い入るようにテレビを見ていたように映ったらしい。
晴巳からすればとんでもない話だった。
「俺はずっと一真のこと考えてたけど?」
ポロリ。
あまりに見当はずれなことを大真面目に一真が言うのだから、晴巳もつい素で言ってしまった。間違えではなかったが、もうちょっと別の言い方があったかもしれない。
ぼわぁ、と一瞬で一真が赤くなった。だが晴巳にそれをからかう余裕はなかった。晴巳だって顔から火が出そうなくらい恥ずかしかったのである。
「そ、そうか…」
「ご、ご飯食べようか……さ、冷めるし」
さっきより更に会話が減った。
黙々と夕飯の続きをかき込みながら、晴巳はついに覚悟を決めた。
今の恥ずかしさと比べれば、チョコプリンを出すことぐらいどうってことがない気がしてきたのである。
……いや、でも恥ずかしい、かな。奮い立てた勇気は一瞬で萎み、晴巳は長期戦を選んだのだった。
分かってくれる?男の純情