▽ プレゼントは俺、ってヤツ
十周年アンケ第一位の一真×晴巳です。彼らにとっての永遠の愛とはなにか、と無駄に難しく考え込んだ結果、ウルトラハッピーBLになりました。一生やってろ、て感じですね! ぱかっとベルベットの小箱を開けて、恐ろしいまでの無表情でこちらを見てくるイケメンに絶句した俺は悪くない。
一真は恥ずかしい時や嬉しい時ほど真顔になってしまうという悲しい業を背負っているから「ああこれは照れてるんですね」と理解できたが、今は無駄に綺麗なその顔をこっちに向けないで欲しい。
跪いて小箱をぱかってするのが似合いすぎるんだよなぁ。部屋着のスウェット姿なのに一瞬でムード作れるとか、俳優か。
「指輪は、重いかと、思って」
「…………ソウデスネ」
ちっちゃ。俺の声ちっちゃ。
濃紺の小箱の中で輝くシルバーの腕時計。あんまりそういうのに詳しくない俺でも知ってるハイブランドのやつだ。ガチ中のガチのやつだ。
そりゃ声も小さくなるって。
「……迷惑だったか?」
「うぐッ」
眉尻をほんの少しだけ下げて悲しみを表現する一真はほとんど豆柴である。こんなにかわいいアラサー男が存在しているこの世界がもう俺にはよく分からない。
かっこいいのかかわいいのか、もうどっちかにしてくれ。
「いやいや、これ軽の新車くらいするヤツじゃない?」
「……給料の3ヶ月分で選んだら、こうなった」
「古風か!」
モンゴロイドにあるまじき洋風な顔立ちのくせに、随分古風なお考えをお持ちのようで。
「……指輪の代わり、という感じなわけ?」
「指輪は、つけづらいかと思って」
「つまりこれはプロポーズ的な?」
「的な、というか、ん、まぁ、そういうやつだ」
じわじわ赤くなっていく一真につられるぞ、こんなの。
いや、もうさっきから俺の心臓は病的なほどハイペースで脈打ってるけどな。
ここは夜景の見えるレストランじゃないし、なんなら昨日の残りの筑前煮をつまみに日本酒で晩酌してる途中だったけど、俺は結婚を申し込まれたらしい。
現代日本において同性の婚姻が認められていないのは重々承知している。
どう取り繕ったところで、俺と一真は余程親しい人以外には関係性を説明することもできないのだから、プロポーズとか結婚とかそんなものは所詮気持ちの問題なだけで、些細な自己満足というものだ。
そんな曖昧であやふやなものに、百万円近いお金をぽんと払う一真はダイナミックすぎやしないか。もっと大切なことが他にあるんじゃないか。
「……正直」
「ん?」
「めちゃくちゃ嬉しい」
馬鹿じゃね? とか思う冷静な部分もあるんだけど、「お前ほんと俺のこと好きだな!!」とはしゃいじゃう部分の方が大きい。
というか、大半がそんな浮かれまくった感情なのだから俺ヤバい。キャラ崩壊もいいとこだ。
「明日から毎日つける」
「……嫌じゃなかったか?」
「会社にもつけてく」
「……喜んでくれてんのか?」
「だからめちゃくちゃ嬉しいって言ってんだろ!!」
立ち上がって吼えた俺に、一真がポカンとしている。
勢いよすぎて膝をローテーブルに強打して派手な音がなったけど、そんなの無視だ無視だ。
もう十年も一緒にいるから、あんまり意識してなかったけど、この先もずっと一真が隣にいる保証なんてどこにもなかったのだ。
いや、敢えて考えないようにもしてたってのもある。
紙一枚で夫婦になれる異性のカップルが、紙一枚で他人に戻れるのだから、法的な約束にも大した意味がないとは思うけど、やっぱり「普通の恋人同士」ってやつに羨ましいって気持ちがなかったとは言わない。
「……喜んで、くれんだな」
「今日を結婚記念日に認定しようかと思うとくらいには浮かれてんぞ、俺」
俺が情緒不安定になっている間も正確に時を刻んでいるらしく、一秒ごとに文字盤が物理的に輝いている。
さすが高いだけはある。さして高級腕時計に興味がなかった俺でも明日から会社に行くのが楽しみになってしまうレベルだ。新しい靴を買ってもらった子どもみてぇだな、俺。
「……つけさせてもらってもいいか?」
照れてるのを押し殺し過ぎて二、三人殺ってきた後みたいな顔で上目遣いに一真が見てくるので、スン、とソファーに座り直した。
「……ん」
国民的アニメーション映画に出てくる、気になる女の子に無愛想に傘を押し付ける少年のような声が出た。完全に子どもである。
俺だってアラサーの男なので、指輪をはめてもらう女子の気持ちはよく分からないけど、この表現の難しい幸福感がそれに似ているのかもしれない。この数分で随分女子力が高まってしまった。
がっしりしているのに細くて長い指先が恭しいまでに丁寧に俺の手を取る。金具をカチャリと音を立てて外し、左手首にそっと巻き付けてくれた。
「……ありがとうございます」
人間が恥ずかしさで死ぬ生き物なら、俺は今日だけで三回は死んでた。嬉しいと同時に恥ずかしいって意味分かんない感情を持て余すわ、こんなん。
「指輪は、会社だとつけにくいだろうと思った」
「……さっきも聞いたけど」
「指輪は円形だから、永遠とか、そういう意味もあるって聞いた」
「……おう」
「腕時計なら、ちょっと、円っぽいなとも思った」
「……んんッ」
「よく、似合ってる」
「……んんんッ」
今日の一真よく喋るじゃん! とか気軽に突っ込みたいけど、噎せてそれどころじゃなかった。
なんなんだ今日の一真は。月曜九時からのドラマに出演中なのか。
今の俺の年収とか、会社における地位的なものからしたらちょっと背伸びしてる感はあるけど、そこまで悪目立ちすほどじゃないと信じたい。
キラキラ品よく輝く腕時計は、やっぱり魅力的で、自分の腕を飾っているのが不思議なくらいだった。すごいかっこいい。
「貰いっぱなしっていうのもアレだよね」
一通り照明で照らしたり、じっくり眺めたりしてから改めて思う。
女の子じゃあるまいし、俺だけがこんなに高級な物をもらうのはなんというかルール違反だ。
そもそも値段がどうこうという問題だけじゃないし。
「……でも、それは俺が買いたかっただけだから」
「そうはいかない」
同じように腕時計をプレゼントするのも悪くはないが、もっと一真を驚かせてやりたい。変なところで負けず嫌いが出てしまうのは性分である。
「よし、一真、引っ越そう」
「……ん?」
本日二度目のポカン顔いただきました。イケメンはポカン顔でもイケメンだから、世の中は不公平だ。
「二人で暮らそう、ずっと一緒に」
とりあえず一真の左手を握ってみる。はめてあげる指輪はないけど。
今までは一真が一人暮らしなのをいいことに主に週末転がり込んでたけど、もっとちゃんと広い家に引っ越して、同じ家で暮らしたいと思った。
それこそ、普通の夫婦みたいに。
「引越しの費用は全部俺が払うから……いたったた!!」
突然、左腕をもぎ取られそうなほどの力で引っ張られたかと思うと、硬い胸板に顔面から突っ込んだ。
抱擁にしては力強すぎないか、ゴリラか。
「……嫌じゃなかった?」
先ほどの一真の真似をしてみる。口元もがっつり胸板に埋まってるからちょっとモゴモゴした。
「めちゃくちゃ、嬉しい」
「え、な、泣いてる……?」
今度は俺の真似をしながら一真が答えたけど、声が震えてるし、なんなら胸板も震えてる。
顔を見たかったけど、ますます全力で腕を回され首を動かす余裕なんてなかった。
「いててて」
ギリギリというか、ミシミシと骨が鳴りそうなほどの締め付けに、一真の腕をタップするが全然解放されない。
「物件見に行って、引越しの準備して、色々手続きもあるし、忙しくなるなぁ」
なんとか気道は確保して呼吸はできるけど、まともに喋れてる気はしない。
モゴモゴとくぐもった声でほぼ独り言のように呟くと、ああ、ああ、と込み上げるような返事が返ってくる。このゴリラ、かわいいぞ。
「ねぇ一真」
本当に泣いてるのか、すごく知りたくなってきた。泣いてるなら泣き顔見たい。趣味の悪い欲望が沸いてきたけど、本心なんだから仕方ない。
なんとかこっちを見てくれないかな。
「キスしたいのですが」
自然と甘えるような声が出た。
ぴくりと、一真が震えて身体から徐々に力が抜けていく。この体勢ではどうにもできないことに気づいてくれたらしい。
おずおずと身体が離れていったけど、俯いているから表情はよく見えない。そして俺も今度は両肩を粉砕する勢いで掴まれてるから身動きができない。
ゆっくり近づいてくる一真の顔を凝視しながら、あともうちょっと上向いてくれたらなと念じつつ、眼を閉じてしまったので正解は分からずじまいだった。
その夜は腕時計したまま寝た