▽ 堤さんと吉田さんin居酒屋
十周年記念企画のアンケートを始めて最初にいただいたコメントが嬉しすぎて書きました。アラサーの晴巳と吉田くんがただ居酒屋で飲んでいるだけという。二人はズッ友だょ
出てくる某用語はあえてちょっとぼかしています(ぼかしきれていない) 「つまりはあれだよ諸君、ヒミツ道具を一つだけ貰えるとしたら何が欲しいっていう質問に四次元なポケットと答えた時点で人は終わったも同然というわけだよ」
やけに巻き舌調の吉田が「そうは思わんかね?」と摘まんでいた枝豆の殻を晴巳に向けた。
「一体何が終わるんだか……ていうかその政治家風味な口調なに?」
枝豆の殻で顔を指されるのはあまりいい気分ではなく、晴巳はしっしと犬を追い払うような仕草を見せた。自分のことは棚上げしつつも、わりとテーブルマナーには厳しめの男である。
「俺はね、夢溢れるお話がしたいんですよ。損得の話じゃない、夢の話をしたいんです。ベストな賢い結論を出すことだけが全てじゃない!」
「おー、吉田くん絶好調だねぇ」
吉田がかなりの声量で捲し立てているが、半個室のそこかしこから大きな笑い声が響いてくるので、晴巳はまぁいいかと軽く受け流した。
金曜日の夜の大衆居酒屋は多少の差はあれど、どこでも同じようなものであるという結論からだ。
「そういうヤツはね、子どもの誕生日に現金を渡すような親になるんですよー! 子ども心をまるで理解していない!」
「全く意味が分からん……こともないかな。言わんとする雰囲気は分かる……悔しいことに……」
くわっ、と両手を広げて謎のアピールをする吉田を前に晴巳は大層悔しそうな顔で唸った。
生ビール、ハイボール、梅酒ソーダ割りと三杯目に突入した吉田のテンションはまさにマックスで、いい感じに壊れてくる頃合いなのだが、今日はなかなかトークのキレがいい。
全く意味不明なことを言い出したかと思えば若干哲学的な方向に曲がっていったのを晴巳は興味深く聞いていた。
「そういう吉田くんはヒミツ道具何が欲しいの?」
「暗記パン!」
「え、もう学生でもないのにそのチョイス?」
「多分味は普通のパンなんだろうけど、やたら美味しそうに見えるから、暗記パン食べたい!」
「突然の食いしん坊」
酔っ払いの言葉が言葉として成立しないことは珍しくないが、吉田の場合は酔っ払い方が絶妙だ。
会話というキャッチボールにおいて、やや暴投気味ではあるものの、意味はギリギリながら通っているので苦痛というほどではない。
吉田よりかは少しばかりアルコールに強い晴巳は(といっても大した差ではないが)三杯程度でぐにゃぐにゃになりつつある吉田を不思議な気持ちで見つめる。
酔うと自慢話ばかりする上司や、同じことを何度も繰り返し愚痴る同期、はたまた全然飲めない後輩や、いくら飲んでもまるで様子の変わらない恋人。
こんなラインナップの中で、同じくらいのペースで飲める友人という存在はある意味特別だった。
「俺やっぱり吉田くんと飲むのが一番楽しいなぁ」
成人して数年が経ち、アラサーと呼ばれるような時期になり。
もうとっくに酒の席も珍しくなくなっているが、吉田と飲むのはやはり他とまた違った楽しさがあるのだ。
「つ、堤くんがデレたぁあ!!」
「吉田くん、うるさい」
ほんのり頬を景気いい色に染めた晴巳が、普段ならまず口に出さないことをペロリと吐いたのは酔っているからである。
囃し立てる吉田にムッと頬を膨らませているが、そこまで頭は回っていないらしく、いつもの辛辣さもなく恥ずかしそうにしているだけの晴巳。
この場には酔っ払いしかいなかった。とても平和である。
「堤くんの中での俺、ナンバーワンなの? ナンバーワン吉田なの?」
「一緒に飲みたい友人部門のナンバーワンなだけだから調子に乗らないでね」
「他は? 他はどの部門なら吉田くんナンバーワン?」
「二十代が選ぶ使ってみたいコスメランキング、ナンバーワン」
「俺が?」
てか俺コスメじゃない! と自分の膝をバシバシ叩きながら転がりそうな勢いで吉田がゲラゲラ笑う。
晴巳の微妙なテレビCM風味な文言が浅いツボに入ったらしくしばらくは腹痛を訴える子どものように身体を折り畳んで震えていた。
「そ、そういや堤くんはヒミツ道具なにが欲しい?」
「四次元なポケット」
「おのれ資本主義の犬め!」
晴巳が髪をかきあげながら、渾身のイケメンボイスで答えれば吉田が立ち上がらん勢いで吠えた。実にお約束だった。
「うそうそ、俺なら迷わずカムカムキャットちゃんだね」
「その心は?」
「かわいいじゃん、見た目」
「そんな堤くんがかわいい、萌えキャラか」
「ばかか」
息子を人型兵器に乗せたがる某父親お得意のポーズで真顔を貫く吉田の頭を晴巳は軽く叩いた。
全く力は入っていないので大したダメージもなく、二人して「萌えキャラって……」としばらく忍び笑いを洩らした。アルコールのせいでこの場の笑いの沸点は下がりきっていたのである。
「あーあ、そろそろ帰らなきゃいけない時間だなぁ」
「吉田くん明日も仕事だっけ?」
「午前中だけね。今日の分がちょっと終わんなくてさぁ」
「俺は明日休み。昼間で寝る」
「さらっと自慢された!」
ふと現実に戻ったように、チラリと腕時計を見た吉田が憂鬱なため息をつく。楽しい時間の終わりだった。
「明日も早起きな吉田くんを労って、今日は俺の奢り」
「え!?」
「……はやりすぎだから吉田くんは三千円でいいよ。俺が残りを引き受けよう」
伝票を覗き込んだ晴巳がいたずらっ子のような笑みを浮かべる。
一瞬のぬか喜びに微妙な顔をした吉田だったが、まぁ多目に払ってもらえるなら何の文句もないかとフラフラ立ち上がってハンガーに掛けていたコートを着込んだ。
「じゃあはい三千万円」
「……今日日、魚屋のガラガラ声のおっさんでもやりそうにないネタを……」
晴巳の目は今世紀最大級に冷たかったが、酔っ払い相手では効果も今一つだ。
「じゃあ堤くん、また飲みに来ようね」
「今度は焼き鳥な」
「いいね、ネギマ食べたい」
社交辞令じゃないまた今度はやっぱりいいな、と晴巳はうっすら笑みを浮かべて休日出勤を控えた友人に「明日も頑張って」とエールを送りつつ、伝票を手に取った。
堤さんと吉田さんの居酒屋会議