星願・教神…番外編 | ナノ

▽ 試されているのかもしれない


七周年記念企画アンケ第三位の沢地×吉田です。軽率にイチャイチャさせたかったのですが、これまだ付き合ってない頃です。沢地が完全に暴走特急と化しました。




「うぇ……うぐ……ぐす」
「な、泣かないで吉田くん!」

己の膝の上で泣きじゃくる吉田を前に、沢地は途方に暮れていた。
もし吉田が乳幼児なら、ガラガラ音が出るオモチャでも与えれば易々と泣き止むのかもしれないが、流石に高校生相手では試す気にもならず。

よって必死に背中をぽんぽんしたり、「あ、プリン食べる?」などという言葉をそれこそ幼子に対するようにかけてみたが、効果はない。

「だ、だから嫌だって言ったじゃない、ですか」
「ほんとごめん。俺が悪かったです、反省してます」
「嫌がる俺を無理矢理、ひどい……です、ぐす」

ぐしぐし擦られた吉田の目の周りは桃色に染まっており、泣きすぎたせいで舌足らずになったしゃべり方と相俟って大変愛らしい。とは沢地の感想である。
実際は平凡な少年が情けなく泣き喚いているだけなのだが、恋というものは等しく人を狂わせるものらしく、沢地は完全にメロメロだった。残念なくらいメロメロだった。 

「おれ、ホラー無理だって言ったのに……」
「ごめん。その、怖がる吉田くんがかわいくてつい」
「ひ、ひどいです!」

ポロッと滑り落ちた沢地の本音に、吉田は憤慨した。ぷんぷん音が聞こえてきそうな子ども染みた怒り方で、グーにもなりきれていない猫の手もどきでポカポカ沢地の膝を殴打して怒りを露にする。

「ごめんね、吉田くん」

胡座をかいた膝の上に特別小柄でもない男子高校生を乗せるのは楽ではなかったし、圧迫されて血流の悪い膝を手加減されているとはいえポカポカされるのは地味に痛いのだが、沢地は幸せだった。

あぁかわいい。意味が分からないくらいにかわいい。
綺麗に渦を巻く旋毛を見下ろしながら沢地は至福の時を満喫していた。

夏休みのある日、沢地宅に遊びに来ていた吉田は夕食後、なんとなくの流れでそのまま泊まることになった。
予定外の外泊ということで着替えも何もなく、沢地がTシャツを貸したわけだが、10cm以上身長が違えば当然サイズが合うはずもなく。

丸首の襟から覗く生っ白い首筋に興奮を隠せない。
泣きじゃくる顔を正面から見るのもいいが、背中から抱っこしていると普段見えない場所を堪能できるので、これはこれで新鮮だ。悪くない。
沢地は吉田の細い腰に腕を回して不自然にならない程度に力を込める。いつも使っているボディーソープの香りが吉田からするのがたまらなかった。

吉田はこの「なんとなくの流れ」を疑うという発想すらないが、夕飯後、「そろそろお暇しますね」と食器類の後片付けをしようとする吉田にアイスを与えたり、読みたがっていた漫画をさりげなく勧めたり、上手いこと誤魔化し続けたのは沢地の作戦である。

「もう遅いし、今日母親帰って来ないし、泊まっていったら?」と計算し尽くしたタイミングで善意の塊のような笑みを浮かべつつ、「もう少し一緒にいたいな」と甘えた声を出す。
自分へのダメージが甚大な猫撫で声だが、吉田への効果は抜群であることを知っているので、沢地に迷いはなかった。
沢地は目的のためなら手段を選ばない男なのである。

「ではお言葉に甘えて!」と純度百パーセントの笑みで了承されると喜んでいいのか悪いのか、男としては微妙だが、細かいことを気にするのは止めた。かわいいから、もうなんでもいい。
沢地はメロメロだった。繰り返すが、メロメロだった。

「だいたい沢地さんは俺を何だと思ってるんですか!」
「吉田くん」
「ダメです! 天然を装って誤魔化そうたって、そうは行きませんからね!」

吉田が風呂から上がったのを見た沢地がなんとなくテレビをつけたところ、数年前に国内外でそこそこのヒットとなった国産ホラー映画が放送されていた。
既に中盤の辺りらしく、ストーリーはあまり把握できなかったが、ホラー映画らしい鬱塞した雰囲気は十分伝わってくる。

これといってホラー映画に興味のない沢地は無難なバラエティー番組にチャンネルを変えようとしたが、布団を被って画面を拒否しようとする吉田に気づいた。
瞬間、悟った。これはオイシイ、と。

あとはもう、沢地の独壇場だった。
ぷるぷる震える吉田を無理矢理膝抱っこし、映画終了までの約一時間を堪能した。
必死に画面から目を逸らす吉田とそんな吉田を「今、血まみれの女が廊下に」などと脅かすのに多忙を極めた沢地。
制作者に申し訳ないくらい、どちらもまともに映画を見ていなかったのだが、本人たちはある意味真剣なので致し方ないのである。

「夜中にトイレ行けなくなったじゃないですか、どうしてくれるんですか沢地さん!」
「えと、ついて行こうか?」
「嫌です、恥ずかしい」

頬を膨らませ、ふいと顔を逸らす吉田。
途中から半泣きになり、最終的には普通に泣き出したのでこれはまずい、と思ったのだが。

「あーもう、ほんとかわいいね、吉田くんは」
「今日の沢地さんはイジメっ子ですね、そういうのよくないと思いますけど」

目に涙を溜め、必死に袖口にすがり付く吉田の姿を見ていたら、新しい扉が開いてしまったのだ。

「俺別にイジメっ子タイプじゃなかったはずなんだけどなぁ」
「すごくイキイキしてましたよ、意地悪するとき沢地さん」

テレビ画面では映画は終わっており、ニュース番組が始まっていた。
キャスターが淡々とニュースを読み上げているのを聞き、吉田はようやく落ち着いたらしく、まだ赤い目元を隠すように擦りはじめた。冷静になってきて羞恥を覚えたらしい。

「ごめんね、お詫びに今日は一緒に寝ようか?」
「こ、子どもじゃないんだからもう平気です……けど、沢地さんがどうしてもって言うならいいですけど!?」

慰めるべく、軽い気持ちで沢地は言ったのだが、すぐに真顔で固まる羽目になった。

「べ、別に沢地さんが怖いなら……て、手を繋いであげなくもないですよ……?」

共通の友人である晴巳辺りがこの場にいたなら「なにそのツンデレ、めんどくさい」とバッサリ切り捨てただろうが、沢地はそわそわと視線をさ迷わせるだけだった。
心の内では凄まじい葛藤が行われているのだが、辛うじて顔には出さなかった。

「だ、だめ、ですか……?」
「よし、今日は手を繋いで一緒に寝よう」

かなり恥ずかしそうな顔をしているが、背に腹は変えられないというやつなのか、最終的に吉田はすがるような目で沢地を見た。体格差から当然のように上目遣いになった吉田に間髪容れずに沢地は大きな声で宣言していた。考えるより先に口が動いていたのである。

「……ありがとうございます」
「ははは……」

ポッと頬を桃色に染め、深々と頭を下げる吉田に沢地は苦しめられていた。
「こういうこと」を期待してホラー映画を見せつけた罪悪感が込み上げてくる上、出来すぎたこの状況がホラー映画を越える恐怖だった。

一晩手を繋いで一緒に寝る。という信じられない現実に目眩がしそうだった。

「じ、じゃあ俺も風呂入って来るね?」
「さ、沢地さん……」
「なに?」
「は、早く上がってください……ね? 待ってます、から」

瞬間、沢地は白目を剥きそうになった。






これぞ試練の時

[ back ]


×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -